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「母さんは健みたいな人だったんだ。男勝りで強がりで、口調も男みたいでさ。親父によく、もっと女の子らしくしなさいって言われて膨れてた」
木肌を撫でながら、真叶は木の周りをゆっくりと歩き始めた。
健も慌ててそれを追いかける。
「10歳の頃かなー。ここに連れてきて貰った事があるんだ。その時母さんはさっき健がしたみたいに幹に抱きついて、“私が5人いたらこの木を囲めるかな”って、
親父は“君が3人いて、俺が2人いれば余裕で手を繋げるよ”って。
俺がその場にいることも忘れて2人の世界に入ってんの」
時折、真叶は可笑しそうに笑う。
健はようやく先程の真叶の言動を理解した。
「子どもの前で何やってんだろうって呆れたけど、すごく幸せそうで羨ましかったなぁ。俺ってマセガキだったからさ。自分の隣に彼女がいる想像とかして」
それまで楽しそうだったのに、
ピタリと立ち止まった彼は小さく息を吐き出した。
真叶は振り返り、健をじっと見つめる。
また、あの泣きそうな顔で笑った。
「びっくりしたよ。母さんがまたここに戻って来たみたいだった」
彼の言葉には引っかかるものがあった。
まるで、もう母親が存在しないかのような。
「お母さん、亡くなったのか?」
恐る恐る問う健に、真叶はまたにっこりと笑って首を横に振った。
「ううん。母さんは健在だよ。いや、健在っていうのもおかしいかな……一応、生きてる」
それまでとはうってかわって冷たい言葉が飛び出し、健は一瞬息を詰めた。
真叶がふわりと浮かべた笑顔も、今度はすぐに消えてしまう。
彼は幹に背をもたれ、その場に腰を下ろした。
その隣に健が座るのを待ってから、彼は木々の隙間に見える空を仰いだ。
「死んだのは親父の方。目の前で、車に轢かれて死んだ」
表情と声のトーンが釣り合わなくて、
健は戸惑いながらも必死に真叶の方を見上げて耳を傾けた。
そうでもしないと、彼がどこかに行ってしまいそうで怖かった。
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