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「海斗さん」
食堂で朝食をとっていると、衣音が隣に座る海斗に身を寄せた。
「海斗さんはハワイで行きたい所とか決まってますか?」
「いや。今日は1日衣音の行きたい所へ付き合うつもりだったから、特にこれと言ってないが」
まるで自然に言う海斗に赤面しながらも、衣音はだったら、と続ける。
「あのですね。どうしても見ておきたい場所があって、でもそこは海斗さんも一緒じゃないとダメなんです」
一瞬息を詰めた海斗は、こほん、と小さく咳払いをした。
不思議そうに海斗を見つめる衣音を見やり、左手が頭を撫でたのは無意識だ。
「分かった。朝食を終えたら出発の準備をしよう」
「はい、ありがとうございます」
嬉しそうに笑う衣音が可愛らしくて、思わず再度頭に手を伸ばす。
だが今度はその柔らかな髪に触れる事は叶わなかった。
「わーお。海斗が食事中にそれも人前で彼女とイチャついてるー。すっごいレアなもの見ちゃった」
向かいの席でみっともなくフォークを咥え、カップルの戯れを眺める千秋のせいで。
ぐ、と動きを止める海斗の心境など無視して、千秋は衣音に笑顔を振りまいた。
「まぁこんなお花みたいな彼女ちゃんがいたら、クールなペンギンがライオンに変身しちゃうのも分かるけどね」
「誰がペンギンだ。お前、春香に振られたからと言って人の女に手を出すな」
海斗は衣音を庇うように手を広げ、千秋を睨みつける。
「はぁ?振られてないし。春香はちょっと色々あって疲れちゃっただけだもん」
「それもお前のせいだろ」
「っ……そんな口聞いていいのかなー?昨日風呂で何を想像してたのか知らないけど?」
「女風呂を覗こうと試行錯誤していたのはどこのどいつだ?」
しばしテーブルを挟んでの睨み合いが続く。
はぁ、と先に詰めた息を吐き出したのは千秋だった。
「あーもうやめやめ!前言撤回。お前ペンギンなんて可愛いもんじゃないね。海斗なんてヘビだよヘビ!
冷たくてズル賢くて人を罠に嵌めることを楽しんでる」
「自分で仕掛けた罠に勝手に嵌っているのはお前だろう」
「うわームカつく!やっぱりハワイなんて着いてくるんじゃなかった」
千秋は食べかけの食事を放置して席を立つと、そのまま食堂を出ていってしまった。
「あいつはハムスターだな」
去って行く千秋の背中を見つめてポツリと呟いた言葉に、衣音は吹き出した。
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