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じっとりと湿った風が、大通りを吹き抜けていく。
春先だというのに太陽が照りつけ、上り坂の頂点の景色は若干揺らいで見える。
洒落たカフェテリア、高級な洋服店、高層ビル、ビル、ビル。
大きなスーツケースと小さなメモ用紙を握り締めた李木優衣は、いつもより狭い空を不思議そうに仰いだ。
さすが、都会はやっぱり違うなぁ。
四方を見渡しても山の見えないその場所が同じ国内なんて、にわかには信じられない。
私の故郷なんて360度山なのに。
しばらく灰色の風景に見とれていた優衣は、はっと我に返って手元に視線を落とした。
駅を出てからずっと握り締めてきたメモ用紙は力を入れていたせいで少し皺になっていた。
隅に不動産のロゴが入った無地の紙に、走り書きで住所と簡単な地図が書いてある。
こんな所で時間を潰している暇はない。早く目的地を見つけなければ。電話で、午前中には到着すると言ってしまった。
左手首に着けた茶色の革バンドの腕時計は11時を指している。
優衣は顔を上げ、歩く速度を速めた。
優依は昨年の冬、両親には内緒でこの大都市にある大学の試験を受け、見事合格した。
以前、夢を叶えるためにそこへ行きたいと親に話したことはあったが、イラストレーターになりたいなどという非現実的な夢を大人が応援してくれる訳もなく。
"冗談"で笑い飛ばされてから、両親には頼ることをやめた。
両親の推奨する大学へ行きたいが出来るだけ自分の力で頑張ってみたいと話を合わせて奨学金の書類にサインをもらい、
口裏を合わせるために親の言う大学と美術大学の両方を受験した。
美術大学の受験日は、友達と旅行に行くと言って。
そうして今年に入ってまもなく、2校同時に特待生枠の合格が決まった。
手を取り合って浮かれる両親の目の前で、
彼らが決めた大学の合格通知を破り裂いた。
「私の道は私が決める。引っ越しも手伝わなくていいし、学費も家賃も自分で何とかする。
一切迷惑かけないから、邪魔しないで」
あの時の二人の顔は傑作で、誰かに見せてあげたいくらいだった。
とにかく、入学が決まればこっちのもんだ。
ネットを使って安くて近い物件を探し出し、家出同然に実家を飛び出してきた。
見つけた物件はシェアハウスだったが、この際何でもいい。
優依は新たに始まる生活に胸を踊らせた。
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