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体育館を出ると同時に大きく伸びをして身体をほぐすと、連鎖的に続いた欠伸によって口が大きく開かれる。
椅子の上でじっと同じ姿勢を耐え抜いた後の開放感は凄まじく、今日1日の仕事が終わったような感がある。
「あぁー、眠い」
思わず口をついて出た言葉に、小さな獣が噛み付いてきた。
「だらしないぞっ、ゆうくん!」
人差し指をまっすぐ伸ばし、俺の鼻先に突きつけてくる少女。
なぜだろう、なんだか無性にいじめたくなってくる。
伸びた指先をちょこちょこと左右に揺らして挑発してくる獲物。
タイミングを外さないように、しっかりリズムを取り、狩りの瞬間を見極める……までもなかった。
素早く伸ばした右手は、正確に対象の指……ではなく、手首を掴んでいた。
「あっ、ずるいよゆうくんっ!」
ペチペチと俺の右手の甲を叩いて抗議の声を上げる楓に、しかしなぜそんなに元気なのか疑問が浮かんだ。
「楓、疲れてないのか?入学式よく耐え抜いたな」
ちょっと感心しながら問うてみると、
「あんなの楽勝だよー。なんたって寝てたからね!」
えっへんと胸を張るその姿に、しばし自分の真面目さを嘆く猶予を求めてしまったが、いや何の事は無い、真面目にいけば良いだけではないか。
それが正しい姿勢であるはずなのだから。
なにを怠惰を受け入れようとしていたのだ。
「寝てたんかいっ!」
自分が誘惑されそうになっていた事は棚に上げ、軽く頭を小突いてその不真面目さの反省を促す。
いつもの教育である。
「うぅー、ゆうくんのいけずっ!」
そう言って走り去っていく姿を目で追いながら安堵のため息を漏らす。
以前と何ら変わっていない楓の元気な姿に、今朝の出来事は頭の隅の方で存在感を消していた。
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