14人が本棚に入れています
本棚に追加
「十二支で鬼門の方角が丑寅で、反対の方角が未申であることから、猿を鬼門避けとしているのさ」
私は「もー納得」と頷いた。陰陽師の癖に、そーいうことには疎いのだ。
それでも謎に挑む私達を、世間では「牛寅コンビ」と揶揄していた。
「……牛子君、心構えはいいかな?」寺田がつぶやいた。
その寺田がくゆらす紫煙が、まっすぐ一本の棒のように天に昇っていたからだ。物理学上あり得ない現象──怪異の前兆である。
「あれは……──」私は言葉を失った。
小さな猿子橋の真ん中で、赤い人影が踊っているのを見たからだ。
禍々しいほどの赤い月を背にして、狂おしいほどに舞い踊る2本の角を生やした女
──それは赤い着物を着た、胸に赤子を抱く鬼女であった。
「あれが、くだんの鬼女であるな」
寺田が乾いた声でつぶやいた。
「なにが……そんなに悲しいの?」
私は独りごちながら、舞い躍る鬼女を見詰めた。
手にした赤子を天にかざして、血の涙を流しながら、角を生やした哀しい鬼女が乱舞している。
良く見れば、その赤子は人の子ではなかった。母と同じく角を生やした、牛の顔の異形であった。
その鬼女の口から「ひい、ひい」と啼くように、「我が子よ、我が子よ」と哀哭するように、「呪われよ、呪われよ」と咆哮するように──はらはらと血涙を流す鬼女が、天に向かって鬼哭していた。
「牛子君、あれを見て泣いているのかね」
「だって教授、母が涙するのは子供に悲しいことがあったからですよ」
寺田がハンケチを差しだすので、私は鼻をビッーとかんで戻した。
「あれはね、大地の訴えなんだよ。大地が慟哭しているから、あのような鬼女が現れるのだよ」
「それは、なにかの前兆だと言うのですか?」
「ある事象をひき起こす働き、つまり鬼女が現れる原因がある筈だ」
私はキョロキョロと辺りを見渡していると、寺田が「あった」と朴訥な声で発見を知らせた。
それで見ると、猿子橋の欄干が裂けて尖っていた。
最初のコメントを投稿しよう!