鬼胎を抱く女

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「十二支で鬼門の方角が丑寅で、反対の方角が未申であることから、猿を鬼門避けとしているのさ」  私は「もー納得」と頷いた。陰陽師の癖に、そーいうことには疎いのだ。  それでも謎に挑む私達を、世間では「牛寅コンビ」と揶揄していた。 「……牛子君、心構えはいいかな?」寺田がつぶやいた。  その寺田がくゆらす紫煙が、まっすぐ一本の棒のように天に昇っていたからだ。物理学上あり得ない現象──怪異の前兆である。 「あれは……──」私は言葉を失った。  小さな猿子橋の真ん中で、赤い人影が踊っているのを見たからだ。  禍々しいほどの赤い月を背にして、狂おしいほどに舞い踊る2本の角を生やした女  ──それは赤い着物を着た、胸に赤子を抱く鬼女であった。 「あれが、くだんの鬼女であるな」  寺田が乾いた声でつぶやいた。 「なにが……そんなに悲しいの?」  私は独りごちながら、舞い躍る鬼女を見詰めた。  手にした赤子を天にかざして、血の涙を流しながら、角を生やした哀しい鬼女が乱舞している。  良く見れば、その赤子は人の子ではなかった。母と同じく角を生やした、牛の顔の異形であった。  その鬼女の口から「ひい、ひい」と啼くように、「我が子よ、我が子よ」と哀哭するように、「呪われよ、呪われよ」と咆哮するように──はらはらと血涙を流す鬼女が、天に向かって鬼哭していた。 「牛子君、あれを見て泣いているのかね」 「だって教授、母が涙するのは子供に悲しいことがあったからですよ」  寺田がハンケチを差しだすので、私は鼻をビッーとかんで戻した。 「あれはね、大地の訴えなんだよ。大地が慟哭しているから、あのような鬼女が現れるのだよ」 「それは、なにかの前兆だと言うのですか?」 「ある事象をひき起こす働き、つまり鬼女が現れる原因がある筈だ」  私はキョロキョロと辺りを見渡していると、寺田が「あった」と朴訥な声で発見を知らせた。  それで見ると、猿子橋の欄干が裂けて尖っていた。
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