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毎夜七晩、休む事を知らない蝉時雨が音を奏でる
文久三年の八月上旬。
ここは京の花街 島原。
闇夜を煌びやかな行燈が照らし
浮き世から隔離されている様な錯覚さえ起きる
この小さな島も、夏は蒸し暑い。
救いと言えば
仄かに香る酒の匂いと三味線の音色が心地良くて
自然と耳を傾けていた。
京に来てもう一月(ヒトツキ)。
開けた窓脇に腰を掛け、戸に背を預ける。
朧気に淡い光を放つ月とサワサワと葉の揺れる柳がなんとも風流で。
ゆったりと流れる時間が時を忘れさせてくれる。
昼に顔馴染みの舞妓から貰った風船葛(フウセンカズラ)を
掌で遊ばせながら、今宵も禿(カムロ)を傍らに優雅に歩く太夫道中に視線を向けた。
相変わらず綺麗な人。
ここに一月も居れば自然と顔馴染みも増える訳で、私に気づいたらしい太夫と視線が絡まった。
小さく手を振り、はんなりと笑んだ彼女に同じように返せば、カランと三枚歯下駄を鳴らし向かいの揚屋へと入っていった。
それにしても静かだ。
こういう日の次の日は嵐の前の静けさではないけれど、大抵何かしら問題が起きる。
…まぁ、いいか。
問題が無ければそれが一番いい。
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