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僕は昔、本の妖精を見たことがある
今でもその本は実家にあるはずだが、なにしろ何年も前のことなのでタイトルは忘れた
当時の僕はまだ幼く、好奇心旺盛で、読書家であった父の書斎に興味本意で侵入する
換気のために開けられた窓
整頓され、隙間のない大きな本棚に栞をいれたペン立てと、電気スタンドの乗った机
幼い僕には難しすぎる本が並ぶ中、1冊だけタイトルがひらがなで書かれたものを見つけた
瓦礫の中から宝箱を見つけたような心地でその本を手にしたのを覚えている
宝箱を見つけたからには開けて中を確かめずにはいられない
表紙にそっと指をかけ、本を開く
ザァッと風が吹き込む
思わず窓に目を向ける
木の枝葉がざわざわと鳴っている
一枚の葉が入り込んでくる
ひらり ひらり
本の上に落ちる
『随分小さいのね、本は好き?』
本の縁、大人の親指ほどの人間が、椅子に腰掛けるかのようにして幼い僕に笑いかけた
僕は今、幼い時に侵入して以来の父の書斎に来ている
読書家であった父が病に倒れ急逝したため、遺品整理をするためだ
僕はふと、すべてひらがなで書かれたタイトルの、あの本を探した
漢字だらけの難しい本の中からそれを見つけるのは、さほど難しくはなかった
あの頃と同じように本の表紙に指をかける
ジュルリ、とページをめくる音が静かな部屋に響く
中身はさほど難しくはなかった。だが、あの頃の僕では読めなかっただろうとおもう。
あの頃みた、小さな人間は現れなかった。
幼い僕はたしか、あの小さな人間に何か約束をした
中盤まで読み終えた頃、正午を告げる時計の鐘が鳴
った
「続きは飯のあとにするか」
机の上の栞をはさみ、本を置いて書斎を後にする
窓から入った風が開けた扉へと抜けていく
『君が読み終わるの、待ってるから』
僕は昔、本の妖精を見たことがある
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