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「真夏!一体何のつもりだ…!」
彼女から離れようとした僕だったが、僕の右手は、彼女に強く握られていた。
その握力は、僕の右手がグシャッと砕けてしまうのではないかと思う程強烈であった。
「私の為に、命を賭けても良いのよね。それなら、遠慮無く頂くわ。」
彼女の右手に握られた包丁が、僕に向けられた。
「ど…どうして…?」
僕は必死に彼女の包丁を持つ手を止めようとした。
しかし、彼女は凄い力で、包丁を僕に突きつけようとしてくる。
「あなたを愛しているから。こうするしか無いの。」
彼女は、泣いていた。僕の膝には、彼女の涙の雫が落ちる。
「僕も君を愛している。い、一体何故こんなことを…?」
僕は振り絞るように問いかけた。
彼女は、虚ろな表情で焦点が合っていない。
「何を言っても信じてくれる?」
「ああ、信じるとも。」
彼女の答えは、僕の想像を超えていた。
「私、実は人間じゃないの。」
彼女は、包丁を僕の心臓近くに突きつけた。その手は小刻みに震えている。
「私、3年前に、この教室で自殺した地縛霊なの。」
地縛霊?何を言っている?
「真夏…。地縛霊だなんて。現に、僕はこうして君と触れることが出来るじゃないか。」
彼女は自分の手首を裏返して僕に見せた。
そこには、ナイフで手首を何度も切った後があった。1つ、2つ、3つ。数え切れない。
「リストカットよ。この傷跡を見ても信じられない?」
傷跡を伝い、彼女の涙の雫が落ちた。
「私、高橋教授と付き合っていたの。彼の事、心から愛していた…。」
やはり、そうか。
「でも、彼にとっては、沢山いる女子生徒の中の1人に過ぎなかったの。私は、そのショックで、この教室で手首を切った。死んだ後も、彼の事が忘れられなくて…。」
彼女の涙が、僕の膝に水溜りを作る。
「自分でも地縛霊なんて信じていなかったわ。でも、肉体から精神だけが、ここの教室に残ってしまうのをはっきりと感じたの。」
彼女は、教室を見渡し、最後に誰もいない教壇を見つめた。
「その時は、夢を見ていると思った。だけど、それは夢じゃ無かった。
それから、私はずっとこの場所から離れられなくなったの。私の存在に、気付くものは誰もいなかった。とても孤独だった。」
彼女は、教壇を見つめる。
「しかし、1ヶ月もしたら、以前通りに、彼はこの教室で授業を再開したわ。
私は、この教室で彼だけをずっと想っていた。」
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