初恋

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「今日も一番乗りだね、君、名前は何て言うの?」 事前に知ってはいたのだが、敢えて彼女に質問した。 彼女は、目を見開き驚いた表情で答えた。 「私は白石真夏。私に話しかけてくるなんて、あなたが、この3年間で初めてよ。」 「え?」 目が点になる。 僕は、驚いた。 彼女程の美人が3年間もの間話しかけられていない。 そう言われると、彼女が誰かと話しているのを見た覚えが無いな。 「僕で良かったら君の話し相手にしてもらえないかな?」 僕は、なんとか会話を手繰り寄せた。 「良いわよ。あなた、名前は?」 やった。思わずにやけてしまう。 「ありがとう。僕は、宇土(うど)健太郎。文学部3年生だよ。」 「宇土君。初めて聞いた名字ね。」 「ありがとう。地元は結構多い名字なんだよ。君は、学部はどこなの?」 「いいえ、私はもうこの大学の生徒じゃ無いの。」 この大学の生徒じゃない? 僕は、顔に出しては、相手に失礼になると思い、ぎこちない笑顔のまま答えた。 「ここの大学は一般の社会人に対しても、登録さえすればある程度の授業は受ける事が出来るんだったね。僕みたいに、ただ卒業の単位の為に受けている学生より、白石さんみたいな子の方が素晴らしいと思うよ。」 「あら、そうなの。私には、あなたが羨ましいけど?」 「羨ましいなんて、とんでもない。もし良ければ、今日の授業、隣座っても良いかな。というのも、高橋教授に質問された時に、君が隣にいてくれたら心強いかなと思って。」 高橋教授は、この講義の担任で、かなりの熱血漢だ。 授業中、頻繁に学生に質問をする為、学生は気を抜けないのだった。 ただ、僕に至っては、教授に質問された事など一度も無い。 彼女の隣に座りたいという気持ちから必死に嘘をついた。 「あら、あなたに高橋教授が質問をするのを今まで見た事無いけど。あの人、質問する時は、答えが分かる人にしかしないから。まあ、良いわよ。今日の内容は、スティーブ・キングの小説作法よ。」 彼女は、びっしりメモが書き込まれたテキストを広げた。 僕は、自分の嘘が見透かされていた事も気にならないくらいに有頂天になった。 彼女の隣に座って受けた授業は、これまでに感じた事が無い程、時間が早く過ぎてしまった。 案の定、高橋教授は、僕に質問を投げかける事は無かったが、僕は、自分がそんな話をしていた事も忘れる位、彼女に夢中になっていた。
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