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それは、ごくごくありふれた日のことだった。地方の小規模ショッピングセンターの別館、その3階にある雑貨屋『フラワードール』。場所的にはあまり良いとは言い難いが、オシャレな品揃えから女性に人気のお店だった。
今の時期は間もなくやってくる母の日に向けておすすめの商品が店頭にずらりと並ぶ。
そんなお店で店員をしているサクラは、レジで、「お待たせしました」と言いながら一人の男性客にラッピングし終えた商品を手渡していた。女性客メインのお店だが、この時期やクリスマスやバレンタインは彼のような若い男性も珍しくない。
母の日のプレゼント用にラッピングされた商品を受け取ると、彼は爽やかな笑顔を浮かべる。そして言ったのだ。
「ずっと、待っていますから」
「え?」
全くの予想外の一言に、サクラは目を数度しばたたかせた。
一瞬、ラッピングするのに待たせてしまったことに対する嫌味かとも思ったが、今日は月曜日の午前中ということもあり、客も少なく、それほど時間はかかっていないはずだ。
それに、目の前にいる彼はとてもそんな嫌味を言いそうな感じには見えない。二十代後半くらいで、髪型も服装もオシャレで、笑顔も爽やかで。
そうしてしばしカウンター越しに客の男を観察していたサクラは、あることに気が付いた。
…………私、この人、知ってる…………
頭の隅にあるかすかな記憶がよみがえる。自分はどこかで彼と会ったことがある。けれど、いったいどこで会ったことがあるのか、肝心な所が思い出せない。もちろん、名前も。
「それでは」
呆然とするサクラとは対照的に、男は爽やかな笑顔を浮かべたまま会釈をするとレジを去ってゆく。
「あ、ありがとうございました!」
男が店を出る直前、サクラは慌ててそう言って頭を下げた。
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