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「運というのはひとつの考えかたに過ぎない。シュレーディンガーの猫の話は知っているかい」
そういったのはジャクヤだった。ジョージが笑って返事をした。
「ああ、量子論の思考実験だね。箱のなかに猫とラジウムを入れて、青酸ガスのボンベをセットする」
クニが目を丸くした。
「科学者ってそんないかれた実験をするのか」
「いや、実際にはしないさ。あくまで思考実験なんだから。ラジウムが崩壊してアルファ粒子が発生すれば、装置のスイッチが入り青酸ガスが噴射されて猫は死ぬ。アルファ粒子がでなければ猫は生きている。確率的にはどちらに転ぶかわからないミクロの事象が、猫の死というマクロに影響を与えるっていう思考実験なんだ」
ジャクヤがにこりともせずに、ジョージに目を向けた。銀を練りこんだような黒い瞳が異様な輝きを見せている。かすかな警戒心をタツオは感じとった。ジャクヤはいう。
「猫の死を拡大解釈すれば、戦場での勝敗になってもおかしくない。猫が生きているか死んでいるか、日乃元が戦争に勝つか負けるか。どちらに転ぶかわからない重なりあったマクロの事象は、量子論的には観察者の存在によって左右されうる」
「そうか……」
タツオは自分でも気づかないうちにつぶやいていた。
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