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(もういいお~)
頭の中でリンの声がして、私はそうっと目を開けた。
「ここは……」
キッチン付きのフローリング、小さな茶色のローテーブル。窓際のチープで赤いソファーベッド。置き場所に困る程山盛りの、車のおもちゃ。
リビングの隣の畳に、小さな背中が見えた。
「レン」
鮮やかなブルーのトレーナを着て、あぐらをかいている小さな男の子。私の愛息子だった。
(んとね、透明人間は、喋れないからね。触れないからね。じゃあね~、がんばってね~、ばいば~い)
そう言ったきり、声はぷつりと途絶えてしまった。取り残された私は、レンへと足を進める。飛べないのは、私が幽霊ではなく透明人間だからだろうか?
レンは、ブロックに熱中していた。
「これは、こうで。こっちが~、タイヤでしょ? あれ? タイヤはいらないんだっけ」
ぶつぶつ言いながら、熱心に何かを作っている。真剣なまなざし。縦に一つ、横に二つと重ねていく。私が知っているレンは、もう少し単純な形の車やバスを作っていた。この乗り物は、二階建てバスかな。それともブルドーザー?
いつもブロックで大好きな車を作っていた。
身長もほんの少し伸びている気がする。ジンと胸が熱くなる。
「大きくなったね」
撫でようと伸ばした手が、するりと宙をかすめた。こんなに近くにいるのに触れられない。
(今から死ぬ人間が、こんなことで落ち込んでいてはダメだ)
私は身を引き締めた。
改めてレンを眺めて、ふと疑問が湧き上がった。確かに、ちょっと大きくなっている。
身長が数ミリ。体重は1キロ弱、だろうか。
たぶん脳も成長している。けれど、ここが5年後の世界ならレンは7歳のはず。ピッカピカの一年生には、とても見えない。
ガチャガチャ。
小首を傾げる私の耳に、玄関の鍵が開く音が届いた。
「ただいま~、レン。ちゃんとお留守番出来てた~?」
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