第1章

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「あ、もしもし、お父さん?」  廊下の奥から母の声が聞こえ、私は慌ててそちらへ向かう。 『おう、どうした?』  懐かしい父の声。母はともかく、父は三姉妹の中で私を一番可愛がってくれた。父は、実家で涙にくれているに違いない。 「あのね。レンに養子の件を話したらOKだって。気が早いから、私のことをママって呼んでるのよ。もう、困っちゃう」  年甲斐もなくポッと赤らむ母。  そうだった。この人はこういう人だった。非常識というかなんというか。 (お父さん、娘の子供を横取りして喜んでいるお母さんに、何とか言ってあげて)  父がため息を付いた。 『ママって、お前……』 「そうよ! 不謹慎すぎるよ、お母さん」  私は眉間にしわを寄せ、うんうんと頷いた。 『それだと、オレがパパになるじゃないか! 照れるだろう』 「は?」  ポカンとする。今のは、幻聴だよね? 「頑張ってダイエットして良かったわ。娘の化粧品も結構似合うのよ。お父さんもハゲないように注意してね」 『パパがハゲてちゃまずいか。いや~、やっと念願の息子が手に入るのか!』  テンションの高い父が、しみじみと呟いた。 『息子をプレゼントしてくれるなんて、本当に親孝行のいい娘だった』  なんか、しんみりするところがズレているんですけど。   『あとは、和也君か』  そうだ、と気を取り直す。夫の和也がレンを手放すなんてありえない。夫は、誰よりも私とレンを愛していたのだから。  きっと夫は仕事も手につかないほど憔悴しているはずだ。 「それなら、絶対大丈夫!」  妙に自信たっぷりの母が、声を潜めた。 「和也君、新しい人見つけたみたいなの」  はい?  いやいやいや、それはさすがに思い違いでしょう。  私は漫才師並みに片手をブンブン振っていた。  和也は「度」がつくほど、女性に奥手だ。これまで浮気はもちろん、女の影すらちらついたことがない。  外出先でも、私以外の女に目をくれたことすらない。 『そうか~。あれからもう5ヶ月も経ってるしな。和也君はまだ若いし、第二の人生を歩むなら、早いに越したことはないからな』    5ヶ月って、『もう』なの? いや『まだ』でしょ?   一人ツッコミが止まらない私。 『なんにしても、家族皆が幸せなら娘も安心して成仏できる。めでたしめでたし』
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