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「ただいま帰りました~」
「あ、和也君が帰ってきたから、詳しくは戻ってからね」
手早く携帯を切った母が、にこにこと玄関へ向かう。
「おかえりなさい」
「すみません、急にお願いしちゃって」
スーツ姿の和也が、革靴を脱ぎながら、母に頭を下げた。
「休日出勤も大変ね。私たちはいつでも暇だからいいのよ。メモにあった食材も買ってきたから」
母が夫のカバンを持ち、リビングを気にしながら話を続ける。
「それでね、養子の件なんだけど、レンも乗り気みたいだから」
一瞬、停まった和也が、「そうですか」と頷いた。
「保育園通いの父子家庭より、ずっといい環境だと思います」
何度も頷く和也を見て、私は、やっと気がついた。
私の死からわずか5ヶ月で立ち直ったように見える家族。
それは、全てレンのためだ。
心身共に成長期の息子の一日は、大人のそれよりも遥かに密度が濃い。その大切な日々を無駄にしまいと、両親も夫も懸命に生きている。
自分勝手だったのは、私だ。
家族が幸せになって欲しいと願いながら、私は、私への深い哀悼を求めていた。
「パパ~、お仕事おつかえさま~」
右手にグミを握り締め、レンが和也の元へかけてくる。
「レンね、今日お留守番したお。おばあちゃんがママで、グミを2個も食べたお」
和也がレンを片手でヒョイと持ち上げた。
「そっか~、レンはおばあちゃん好き?」
「うん! だから、おばあちゃんちに住む! んと、そうしたら~、ほら、パパもお仕事沢山できうから」
(レン……)
こんなに小さいレンでさえ、家族のことを思いやっている。
「……そうか。そうか」
言葉を詰まらせた和也が「レンはエライな」と小さな頭をぐしゃぐしゃ撫でた。
母もうんうんと頷いた。
「おばあちゃんの家とパパの家は、電車で一駅だもの。いつでも会えるから寂しくないね」
「うん! パパがいなくてもおじいちゃんとおばあちゃんがいれば、楽しいお」
その日の夕食は、和也特製のビーフシチューだった。
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