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私は、三人が楽しく食卓を囲む姿を見守った。
それぞれが、未来に向かって一歩ずつ踏み出している。
レンも健やかに成長している。
食後、手馴れた様子で母がレンと手をつなぎ、お風呂場へ向かった。
お気に入りのジャズをかけながら、和也が食器を洗う。カチャカチャ陶器がぶつかる音が心地よい。私は和也の背中をふわりと包み込むように抱きしめた。
触れなくても、ぬくもりが伝わる気がした。
「今まで、ありがとう」
目をつぶると、身体が空へ浮かぶ感覚があった。きっと、成仏するのだ。
ブブブ、ブブブ。
その私を引き留めたのは、機械的な振動音だった。ポケットに入ったままの和也のスマホが震えている。タオルで泡を拭いた和也が通話ボタンを押した。
一瞬、母の「新しい人」が脳裏に浮かぶ。
『久しぶり』
聞き覚えのある男性の声だった。ユウ君という、和也の学生時代からの友人だ。結婚後、何度か家に遊びに来たこともある。二人がちょくちょく連絡を取り合っていることは私も知っていた。
母の勘違いだ。
疑い深い自分にも苦笑い。
和也は「おう」と短く返した。
『いや、その。息子さんは、その後どうなったかなと思って』
「妻の実家が引き取ることに決まったよ」
『そっか』
短い沈黙。
「そっちは?」和也が聞く。
『離婚が決まったんだ』
「そうか」
また、沈黙。
どちらも、かける言葉が見つからないのだろう。
夫もユウ君も、形は違えど独りになってしまった。
二人共、今度こそ幸せになって欲しい。心底そう思った。
「今度こそ、俺たち幸せになろうな」
私の思いが伝播して、和也がそれを言葉にする。
ふう。と電話越しから小さな溜息が漏れ、ユウ君がしんみりと言った。
『やっと僕たち、一緒になれるんだね』
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