落とし穴

3/3
前へ
/3ページ
次へ
 きっとあっけないぐらいにすんなりと落ちてくれるだろう。そうして怒鳴り散らすだろう。私は、その声をいつものように怯えながら聞くのではなく、愛おしむようにしっかりと心に刻むのだ。  穴ができた代わりに積み上げられた土は、床板の下にあるはずだった空間を覆い隠すに違いない。その上から外しておいた床板を再び嵌める。そして新しい畳を敷く。  怒鳴り声は土に遮られ、畳の下からだけ聞こえるだろう。  その声に毎日耳をすませる。日に日に小さくなっていく声。これほどまでに、あの人の声を穏やかに聞いたことなどないだろう。  そして、こちらの声は全く聞こえないあの人に向かって、そっと話しかけるのだ。 「……私、聞こえなくなるのを…………『ずっと待ってるから』」  自然と口元がほころんだ。  目を開けると部屋には夕日が射し込んでいた。赤く染まった壁を見ると変に落ち着くのは何故だろう。  廊下に出て和室へと向かう。  たまには念入りに掃除をするのも悪くない。畳を外し、溜まっている埃を取り払おう。    
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加