メガネ拾いました。

6/21
前へ
/21ページ
次へ
「いらっしゃいませ。お1人さまですか?」  この1週間で身につけた営業スマイル。イイ男なのでいつものそれより割増しした笑顔でそう尋ねると、その人はためらうような仕草を見せ、それから言った。 「あの、メガネのことで」  メガネ? と、すぐには思い出せなくて内心首をかしげ、けれどまもなく思い出し、 「ああ! メガネ!」  と、つい大声で。 「す、すみません、急に大声出してしまって」  そう謝る相手は、目の前のその人は勿論、昼下がりのいま、ゆっくりじっくりコーヒーを味わっていた店内の数人のお客さまにも。 「もしかしてあのメガネの持ち主の方ですか?」  下げた頭を上げた直後、そう言う声が背後から聞こえてきて、確認するまでもなく、声の主はおじいちゃんだ。  目の前のその人は、私から目を逸らした。そうしてカウンターの奥にいるはずのおじいちゃんを見たのだろう、「はい」と言って――。  飯塚尚也(イイヅカナオヤ)。20歳の大学2年生。  その人がそういう人であることを、私はこのあとすぐ知ることになる。いや単に、自己紹介したからだけどね。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加