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私は、コーヒーより紅茶派だ。それから、普段聴くのはいわゆるイマドキの曲ばかりで、クラシックやジャズなんかは自分から聴いたことがない。
だけど不思議なことに、ランコントゥルの中ではそれらのことが翻(ヒルガエ)り、店内に漂うコーヒーの香りを嗅ぐだけで、流れてくるクラシックやジャズを聴くだけで何だか嬉しくなる。
そして人間、自分が好きなものを褒められれば褒めた相手に好意を抱く――そういうものだと思う。
で、飯塚さんはまさしくそういう相手だった。
おじいちゃんに誘われてカウンターの席に座った飯塚さんは、おじいちゃんがコーヒーを出すと、まずはカップを褒め、次に香りを褒め、最後に味を褒め。カップをソーサーに戻せば、ふと顔を上げて「いい音楽ですね」と。
そのとき私は飯塚さんの隣に座っていたのだけれど、飯塚さんのその言葉を聞いた瞬間、手がぴくりと動いた。
もしも動いた手に動くなと咄嗟に命じていなかったら、手は飯塚さんの背中をバンバン叩いて「わかってるじゃないですか!」と言っていたことだろう。と思うと、ふー、危ない危ない。
このカッコイイ人とはたぶんこれっきりのご縁だろうけど、そういう縁の人だからこそ、おばちゃんか! なんて例え心の中だけだったとしてもツッコまれたくない。だから、あー、ホント危なかった。
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