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「安っぽくて、ロマンチックでもないけど、嫌いじゃないよ」
白い息を吐いて彼女は笑った。6時間以上も車に乗って見れたのがこれでは笑い話だな、と内心で僕は肩を落としていた。
超能力でも覚醒したのだろうか。思い入れのある品を手に取るだけで、その時のことを鮮明に思いだしてしまう。
それだけ君と過ごした時間が無駄でなかったと信じたいのは本心だろうし、流れる時の中で僕は一定の座標から離してくれない接着剤となっているのもまた真実だった。
でも、僕の中でこの恋の余韻の賞味期限が切れたのは確かだった。つい先ほど、君が写った写真のデータを全部消去した瞬間から、君の顔が出てこない。楽しそうに笑う様も、即席プラネタリウムを見上げる横顔も、何もかも思いだせない。思い出があるのに、その思い出は本当に僕が手にしたものなのか不安になって仕方がない。だから思い出が首なし死体でそこに転がってる。
あとは、一部だけ外れた思い出をつたない手つきで戻すのか、それともいっそバラバラにして修復不可能な状態にしてやろうかという選択肢からどちらかを選ぶだけだ。
僕はヤニ臭い部屋に転がる缶ビールのゴミを一瞥すると、よし、と息を吐いて読むのをあきらめた恋愛小説を開いた。
この結末を見届けてから判断しても、遅くはない気がした。
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