キレイなものだけ見ていたい病

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 ある人が言った。 「今日、晴れのち蛍光ピンクだってさ」 「あちゃー。洗濯物しまっておかないと」  二階の窓から街を見下ろしていると、遠くに人力で走る大衆鉄道が見えた。ある人が提案した。「つまらない人生を歩むことに、レールを比喩表現に使う時代は、もうやめにしないか?」  昔はもっと「ガタンゴトン」と文明的な音がしたらしい。祖父が言っていた。今は人の足音が何重にも聞こえ、何かから必死に逃げるように鉄の巨体を揺らしている。カラスは何十色にも個体が増えて、「赤と白のカラスからピンクのカラス」が生まれるかと思いきや決してそうでもなく、青と白から金色のカラスが生まれた、と新聞紙の一面で取り上げていた。  そのうち、ゴキブリにもカラーバリエーションがでてくるぞ、祖父はバツが悪そうに言うが、祖父は知らない。知らないのではなく、まだ、おとぎ話を信じている。  ゴキブリは永遠に滅ばない、と大昔のドラゴンやモンスターと同列に括るという、頭のおかしい古い定説を。  ゴキブリなんて、とうの昔に滅んでいて、理科室の標本にしかその姿を見られない。 「一人の老人が死ぬことは、図書館を一つ消失してしまうことと同じことである」  とは遠い国のことわざのようだが、おそらくこの祖父が死んだところでせいぜい片田舎の古本屋だろう。それはそれで、現地の人にとっては娯楽施設がなくなって死活問題になりそうだが。  世界は、色を知りすぎた。  モノクロという概念は焦土と化し、目に痛いを「目に優しい」と洗脳し、虚空や空白に「恐怖を」打ちこみ、「空白を埋めたくなる恐怖」を「空白を埋めないと死ぬかもしれないという強迫概念」にすりかえてみせた。  空に虹がかかっても、さしてきれいだとも思わなかった。  部屋のドアが開いた。今のご時世、開閉口は自動ドアが主流だが、祖父は「ドアノブを回す風習をつけないと、ドアのノックを忘れてしまう」だとかのたまわって、我が家だけ未だに手動開閉だ。  誰から教わったのか、「おまえんち、お化け屋敷」と、大昔に流行ったらしいセリフを近隣の子供たちに向けられるありさまだ。
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