恋はナマモノ思い出は保存食

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 さして、どこから話そう。話そうというよりは、離そうという言葉の方がしっくりきているのは、目の前に転がる首なし死体となった思い出を見ているからなのだろうか。  もちろん思い出に首はないし、おそらく僕もそれを殺める覚悟は持ち合わせてはいない。ただ、どうしても目の前の状況を説明するには「思い出が首なし死体になってそこに転がっている」と描写せざるを得ないのだ。許してほしい。  延滞開始からはや1年近くが経過し、図書館側も催促に疲れ、尺を投げた小説と、当の昔に経営破綻してしまった水族館の入場券と、底に小さな穴を数十個開けたカップ麺の容器。  どれもこれも思い出の身体の一部で、僕を束縛して離さない鎖そのものだった。  君に別れを告げられた日の前日に借りてきたこの恋愛小説は、出だしの3ページにしおりを差し込んで、もう読むのをあきらめた。いや、怖かった。この恋愛書籍の結末が決別だとしたら、僕たちの時間も周到に準備された虚空だと証明されるような気がした。  思い出の品を捨てられないという感情が未練がましく、女々しい気質と呼べるのであるというのなら、甘んじてその世間の評価を受け付ける。  でもどちらかと言えば、君と過ごした証拠を残したいのではなく、自分の費やした時間が無駄であったと認めたくないだけだ。要は自己防衛だ。  水族館の入場券だって捨てられないのではなく、瞳孔に焼付いた魚の群れは記憶として確かな存在であることを示し続けるためだ。
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