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グラウンドからかすかに聞こえる
バッドの甲高い音をききながら
赤と紫の混じった空を背に
私は彼と向かいあっていた。
「…お願い、します」
あぁ、またか。と思う。
消毒液の香りが仄かに漂うこの部屋へ
彼は私に難題を持ってくるのが
恒例行事となっていた。
黒襟に縫い付けられているはずの
校章もなく、頬に擦り傷、
袖口から覗く手の甲には
何かで引っ掻いたような傷が何箇所も。
髪もボサボサが彼の当たり前のスタイル。
極め付けは全て閉じられている
前ボタン腹部の異様な膨み。
(……にぁあぁ…)
「あ、チビはだまってて」
右手を添えたお腹に向かって
小声で話しかける彼に
私は大きくため息をつく。
「…斎藤さぁ、いつも言っているけど。
校舎内に犬猫の類を持ち込むの禁止」
ましてここは保健室。
アレルギーに対する意識を
念頭に置くうえでは
人以外の動物は極力ご遠慮したい。
「…でも、先生。そう言いながら
いつも助けてくれるから…」
私はもう一度大きく息を吐いた。
あと少しすれば高校受験を控える彼は、
男子とは思えない大きな眼
いっぱいに涙を溜めて
必死に私を見つめている。
(…いつもの光景だが、
私はこの瞳に弱いんだよな)
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