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その男が私を見て軽く会釈し、頭を揺らした時、激しい運動を終えた時のような蒸れた体臭が私の元にまで届いた。
私は無表情のまま小さく会釈を返すともう彼を見ることもなく月子様の部屋の扉を叩いた。
「遅かったわね」
「申し訳ございません」
謝罪をしながら、ベッドに横たわる主人の枕元のサイドテーブルに紅茶を置く。
そして主人の視線をかわしつつ窓へ歩み寄り、そこを開け放つ。
「寒いわ」
「ここは空気が悪うございます」
文句を言われても、せめてあの男が纏っていたのと同質の、この匂いが消えるまでは閉めるわけにはいかない。
すると月子様は、嫌味な執事ね、と皮肉な笑みを浮かべた。
「他に何か言うことはないの」
「今度は、大工ですか」
「さあ、どうだったかしら。配管工、とか言ってたかしらね」
それがどんなお仕事かはよくわからないけど、と月子様は笑われた。
その笑顔は、幼いころより変わりはないのに。
ただ内面が変わるだけで、人というものはここまで纏う雰囲気が変わるものなのか、と思う。
とはいえそれを悲しく思う心は既に萎えた。
月子様がこのように男を招き入れるのはもう日常で、慣れてしまったのだ。
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