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相変わらずの、あのお嬢様の詰めの甘さに笑みが漏れる。
バルコニーに面したガラス戸は、前そうだったように、今日もまた鍵がかけられていなかった。
私は静かに部屋には入り込んだ。
その時まで、私の心はなんの揺らぎもない、平穏な海のようだった。
その部屋の床に敷かれた血の海を、私の革靴が踏みしめるまでは。
そしてその直ぐそばのカウチに横たわる、限りなく白い月子様を見つけた瞬間、私は考えるより先に駆け寄っていた。
ベッドの上には、切り刻まれた今日のための花嫁衣裳。
月子様は血に染まった白い襦袢を身に纏い、長い睫毛を伏せている。
「お嬢様! 月子様!」
早鐘を打つ心臓を叱咤しながら脈を測ると、まだ僅かに脈動がある。
慌てて止血しながら必死に呼びかけると、彼女はうっすらとまぶたを上げた。
「……佐倉」
「月子様っ! お気を確かに!」
「来て、くれたのね」
月子様の目に涙が浮かぶ。
私は意味がわからなかった。だって、私を退けたのは他ならぬ月子様なのに。
「ねえ、この前、あなた、言ってたわね。
いつから王子様を待たなくなったのか、って。
……でもね。
私、ずっと、待ってたのよ。
佐倉が、来てくれるのを」
我が耳を疑った。
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