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--静寂の中に轟かせる、エンジン音。
それは人を喰らうことなんて容易い、自然への果たし状。
--ぐっと踏みこむアクセルの摩擦音。
心臓がうるさい。
けれど緊張なんかじゃない。
期待感で俺の心臓は、鳴る。
一ミリの不安も無い、快感がそこにある。
「さあ、行くか」
俺と一つになり、滾る生命を宿した“相棒“は、円錐型の闇の中に吸い込まれていく。
★
N県北部にある真暗峠。
観光客はおろか地元の人間すら近付かない峠。
何十年か前にはロープウェーがあって、隣町の観光名所からのおこぼれを集めていたけれど、ロープウェーが壊れ、町長が修理費を出す余裕はとても無いそうだ。
ろくに舗装されていない道、
何十年も前に命尽きてそのまま放置されている街灯、
何年か前には受験に失敗した浪人生がこの峠の雑木林で首を吊っていた。
そのせいなのか幽霊が出るだとか、祟られるだとか、そんな噂が囁かれているが、そんなもの怖くない。
死んでいったものが、生きているものになにが出来るっていうんだ。
死というのは全てが終わること。
死は全てを奪い、死を迎えたものには何も出来ない。
だから恐れない。
《俺》はここを昇る。昇った先に何かあるわけではない。
ただ速さの限界を突きつめて昇り、そして下るだけ。
その行動に何か意味があるわけではない。
どれだけ速く上り、下り立って何かを貰えるわけじゃない。
この行動が自分の糧になっているかは分からない。
ただ、達成感に充たされるのは確かだ。
充たされる経験を知らない俺はこうして今日もアクセルを踏む。
ガードレールを突き抜けてしまってもおかしくない道を、振り切るようなハンドルさばきで、流れる様に進んでいく。スキール音、轟かせながら。
誰かは「命知らずの馬鹿だな」と指をさして笑った。
だから俺は「保守的になってる童貞野郎よりはマシだろう?」と人さし指を立てて笑い返してやる。
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