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兆し
母の弟である叔父・政明から電話があったのは、街がクリスマス色に輝き始めた頃だ。何年ぶりだろう。両親が他界した後、父方・母方を問わず、親戚づきあいは疎遠になっていた。祖父母の法事も、33回忌を過ぎてからは親戚一同が会して執り行うこともなくなった。幼少の頃、時には面倒をみてもらった叔父ではあるが、そのときの僕には、ふだん仕事上で関わることの多いシニアたちと何ら変わりはなかった。
きわめてクールに会話をつなぐ。
「嗚呼、政明おじさんですか。ご無沙汰しています。父の7回忌時は、お心遣いをありがとうございました」
「やあ、ヒトシくん。突然にすまないねぇ。じつは節子のことで相談に乗ってほしいことがあるんだよ。医療とか福祉のことはヒトシくんがかなり詳しいって、以前からみんなが言ってたのを思い出してね。コンサルか何かで活躍してるそうじゃない。いゃあ、節子には困っててね……。一度、時間を取ってもらえないものかなぁ。お願いするよ」
皆澤節子。母方の叔父である政明の妻。僕にとっては叔母である。この名前を耳にしたとき、僕は胸の内がざわめくのを感ぜずにはいられなかった。かすかな記憶をたどる。祖父の33回忌では顔を見なかったから、僕が結婚した時が最後だろうか。
「わかりました。12月は立て込んでいますが、土日でもよろしければ杉並のほうへ伺いますよ」
「そうかい。ありがとう。助かるよ」
電話を切ると、デスクの椅子を回転させ、窓の外に目をやった。
また、あのひとに会えるのだろうか。
かつて身を焦がすほどに憧れていたあのひとに……。
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