最後の雨

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「そこの遊園地で遊んで、疲れ果てて弟と二人で眠っていたんだ」 陽平さんは泣きそうな顔で海を見ている。 そうだ、柿田さんは事故といっていたけど、私は知っていた。思い出したんだ。昔見た一家心中のニュース。 「突然の衝撃で目が覚めたら、もう海の中だった。混乱して、逃げだそうとして。そして」 陽平さんの瞳から涙がこぼれる。雨と一緒に流れる涙から私は目を離せない。 「たまたま僕のいた席が下側になっていたから窓を開けて外に出ることができた。でも弟は…助けてって叫ぶ弟を置いて僕は一人で逃げたんだ」 最後は絞り出すようにそう言った。 「あの時、一瞬だけ振り返って沈んでいく車に戻ろうと思ったんだ。生き延びても一人ぼっち。だったら車に戻って家族と一緒にいたいと思った。でも息が苦しくなって、あとは必死で……」 陽平さんが海に近づいていく。まるで吸い寄せられるように。 「僕の心はたぶん、あの車の中に残っているんだと思う。弟を見捨ててまで生き残ったのに心があの車の中に取り残されているんだ。家族と一緒にいたいと思っているから、だから、死にむかっていっているんだと思う」 衰弱していく謎の病気。死に向かう病。 「それから、柿田さんの所でとても大切に育ててもらえた。おじさん達を悲しませたくないという気持ちと、僕の死にゆく体が生み出したのがもう一つの人格。生命力がなくなっていってね、点滴しても、何してもただただ体が弱っていく。自分の意思に反して、体が勝手に死に向かって行くんだ」 そう話す陽平さんは、何かを諦めているようにも、何かを受け入れているようにも見えた。 「それを救ってくれたのがもう一人の僕なんだ。僕は今でも死にたがっている。好哉の人格の間は生命は減らない、でも僕が治る時は彼がいなくなる時だ。君は……好哉が消えてもいいのかな?」 「それは……」 残酷な質問。 「だったら、もう僕に会わないほうがいい」 「どうして? 一緒にいて時々入れ替わればいいじゃないですか!?」 「ずっとは無理だよ。一人の体に二つの生命は無理なんだ」 「でも……でも……」 言葉が続かない。 「本当はもっと前に僕は消えるはずだったんだ。あの雨の日、キミに出会って少しだけそれが長くなっただけだよ」 「え? それって」 「だから、ありがとう、さよなら」 「待って、陽平さん!」 私は彼の胸に飛び込んだ。 「わりぃ」 でも、そこにはもう陽平さんはいなかった。
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