最後の雨

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駅前のファミレス。 にゃおみさんと時々ガールズトークする店だ。 今は目の前に柿田さん夫妻がいる。 専門学校が終わると電話がかかってきてここで待ち合わせしたのだ。 「好哉君から全部聞いたよ。ごめんね」 「いえ……」 柿田さんは本当に申し訳なさそうな顔をしている。奥さん、鈴江さんは泣きそうな顔でうつむいていた。 「あの子のこと。ちゃんとキミには話しておかないといけないと思って。 あの子が家族を失ったのは、事故じゃなく心中っていうことはもう知ってしまったんだね?」 「はい。本人……陽平さんからも聞きましたが、実は昔そのニュースを見たことも思い出しました」 「そう、だったのか。いや隠したことは悪かった」 「いえ、それは当然だと思います」 「そう言ってもらえると助かるよ」 私と柿田さんはそれぞれの飲み物を口にした。 鈴江さんだけはまだうつむいたまま。 「あの子を……陽平君を引き取ってから色々あったけど、それでも家族になろうとして過ごしてきた。あの子は本当に優しい子だった。 中学生、高校生になり、うちの仕事もよく手伝ってくれて、抵抗もあっただろうに私たちのことを父さん、母さんと呼んでくれて何もかもがうまくいっていると思った……」 学生時代の陽平さん。その優しい笑顔が想像できる。 「高校を出ると本格的に店を手伝いたいって調理師の勉強をして免許もとって、そんな矢先、忘れもしないあの雨の日」 また雨の日。 「あの雨の日、突然倒れたんだ。入院しても原因不明、脳も体も健康そのものなのに、ご飯だってちゃんと食べてる、点滴までしている。それなのに、何故か体が衰弱していく。まるで本当は死んでいたということを思い出しかのように、死に向かって行った」 鈴江さんは泣いている。気づくと柿田さんも目に涙をためていた。 「精神科医の説明では心中のトラウマで、本人の意志とは関係なく死に向かっているのかもしれないって。私はね、死んだあの子の家族が陽平君を連れて行こうとしている、そう思ったんだ」 柿田さんは悔しそうに拳を握ると、涙がこぼれ落ちた。 「悔しかった。私も妻もね、悔しかったよ……。本当の親子だと思っていた。あの子の為なら何でも出来ると思っていた……でも……うう……私たちにはあの子を死の誘いから救うことが出来なかった。本当の家族にはなれていなかったんだ……」 なんて悲しい。陽平さんも柿田さんも鈴江さんも、きっとお互いを大切に思っているはずなのに。 「日に日に衰弱していく陽平君。そんなある日、もう一つの人格が生まれた。それがキミがつき合ってくれている好哉君だ」 好哉クンの笑顔が脳裏に浮かぶ。会いたいな。そう思った。 「口は悪いけど、根は本当に良い子でね。陽平君の記憶もほとんど持っていたけど、あの夜の記憶はなくて、そして私たちの本当の子どもだという記憶……認識……人格になっていた。そんな死から逃れる為に生み出された人格なんだよ」 嗚咽こそあげなかったけど、三人とも泣いていた。 店員さんは心配そうにしていたけど、気遣ってくれてこちらには近づいてこなかった。 「でも彼はね……好哉君は本当に本気で私を親父って……妻をかーちゃんって呼んでくれた。子供のいない私たちにはそれがとても嬉しかったんだ……」 そうだ。好哉クンは本当にお二人を両親と思っているようだ。 「ずっとそれでいいと思っていた。でもね、このまま人格が好哉君だけになったら、陽平君の人格はどうなってしまんだろう。死んでしまうのか、消えてしまうのか……誰にも救われないまま、彼の家族の元にいってしまう。そう思えてしかたないんだ」 柿田さんは涙を拭いて私の顔をじっと見た。 「私はどちらも本当の息子だと思っている。でもね、このままあの子の人格が消えてしまったら、あの子の魂はあの暗い海の底に行ってしまう。そう思えてしかたないんだ。あの子を救いたい、ちゃんと生きて欲しい。そう思っているんだよ」 それが本心だと私にはわかった……だから悲しかった。
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