言刃

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しかし、今より身分が煩かった時代。 家人との恋など決して許されない。 決して許されないが、障害があればあるほど私の思いは膨れ上がる一方で。 ある日、私は恋文を書きました。 自分の気持ちを正直に書いた、生まれて初めての手紙。 が、その返事はつれないもので、彼女自身、世間体を気にしているのは明らか。 私が「気にしない」と言っても、彼女には気になるようで。 まぁ、それも当然で。 こういった場合、悪く言われるのは奉公人のほう。 「主をたぶらかした」 だの、 「仕事も出来ないくせに」 だの、あることないこと言われるのを彼女は嫌ったのでしょう。 とはいえ、そんなものは火に油を注ぐようなもの。 私の恋の炎はメラメラと燃え上がり、恋文を書かせ続けました。 それはもう、必死でした。 人生で、最も必死に物事に取り組んでいた瞬間だったと思います。 昔だからこそ、身分の差があるからこそ、『家人を口説く変人』で済んだが、今の世ならば、変質者と言われてもおかしくない。 それほどに、私は彼女に心射たれていました。 毎日にも及ぶ、甘い言葉の数々。 やがて、始めは拒んでいた彼女も、次第に心を開き、人目を忍んで会う仲にまで関係は発展していました。
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