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「…本当は」
その小さな唇から止めようもなく感情に任せた言葉が溢れてくる。
「新崎に、自分を選んで彼と別れてくれって言われた時。彼に今、わたしがいなくても大丈夫だよね?ってさっと何でもないように聞いたら、きっと、うん、いいよって言うなって思った。その言葉さえもらえればもう彼と別れて、新崎のところへ行ける。絶対に幸せになれるってわかってるのにどうしてそうしないの?って、ずっと頭の中で自分の声がしてた」
言葉とは裏腹に、身体を引いて俺の手を振り払おうとする。俺は更に力を込めてそれに抗った。
「わたしは本当は自分のことしか考えてない。自分さえよければいいんじゃないか、と思ったら…。こんな自分のままで新崎のところへ行ってもきっと罰が当たる。新崎を幸せにできるような、ちゃんとした人間じゃないんだ」
菜摘は更に身体を引いて俺から離れようとした。
「こんな女はやめた方がいいよ、新崎。新崎みたいな人、もっと絶対いい人が現れると思う。わたしみたいなの…」
皆まで言わせるか。俺はぐい、と全身の力を込めて思いきり菜摘を引き寄せた。絶対離さない。
今までみたいな躊躇いも全部捨てた。両腕で身体がしなるほど彼女を抱きすくめ、呆然としたその顔を素早く仰向けさせて強く唇を重ねた。
「一人で抱え込むことない、菜摘」
彼女をしっかりと腕の中に抱き、俺はその耳許で語りかけた。
「彼を支えるのだって菜摘一人でずっとなんて無理だよ。お前を支える人間だって必要だ。そのために俺がいるんじゃないか。ていうか、きっとそのために俺はお前と会ったんだよ。もう一人で持ちきれなくなった荷物を二人で分け合うために」
「…わたしを彼と共有するなんてできないって言った」
身体を強張らせて頑なな声を出す。
「だから新崎を諦めようと思ったのに。また、やっぱり無理とか言われたらもう耐えられない。信用しない」
…意固地…。
「共有って言い方はちょっと何だけど」
俺は菜摘の額やこめかみに何度も優しく唇を押しつけた。
「彼とだってそのうち関係も変わってくるかもしれないだろ。彼氏と彼女って関係以外にも何かあるかもしれない。必ずしも恋人じゃなきゃずっと支えられないってこともないし。俺と二人で考えようよ。一緒に彼を助けていこう。そういう方法を探すのはどうかな」
菜摘の身体の強張りがゆっくりと腕の中で解けていくのがわかる。俺の言葉が少しは彼女に届いたんならいいけど。
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