第11章 セカンドヴァージン

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菜摘はふいと立ち上がり、キッチンに向かった。どうやらコーヒーを淹れに行ったらしい。 「ありさに片思いしてただけの寂しい高校生活かと思ったのに。そんな楽しいことがあったなんて、同情して損した」 「同情してもらうほど酷くないわ」 言い返しつつも、手伝おうと俺もキッチンへ向かう。菜摘はまだちょっと膨れたような顔で、俺を手で制した。 「いいよ、座ってなよ」 「嫌だ。手伝わせてよ」 少しでも菜摘の近くにいたいし。 ポットに水を満たし、スイッチを入れてから菜摘はこっちを見ずにぽつりと呟いた。 「…その子、すごく可愛いかったの」 「は?」 「…あたしと」 そこで思い直したように言葉を切る。多分…、『どっちが可愛いかった?』…か、な。 えっと…。妬きもち?…もしかして。 「菜摘」 俺は掠れた声で名前を呼び、腕を掴んで彼女を引き寄せた。いやだってこんなの。我慢できるわけないだろ。 ぎゅっときつく抱きしめる。もういいよな、理性なんか飛んでも。こんなに好きなのに、ずっと抑えとくなんて無理。身体中がぎゅんとして痛いほど切ない。俺は菜摘の顎に手をかけて仰向かせ、唇を寄せた。 その瞬間。 …ガチャ、と鍵の回る音が玄関の方から聞こえてきて、腕の中の菜摘が飛びすさる。えっ、ここまで来て! …まぁ…、あいつが帰ってきたんじゃ。どのみち続きは無理か。あーあ。 「ただいま、菜摘。…何だ、また来てたのユキト。暇だね、最近全然家帰ってなくない?」 相変わらず棘棘な声。俺は肩を竦めた。 「暇なわけないだろ。今も仕事中だし」 「お帰り、ありさ。今ね、新崎がコーヒー淹れてくれるから」 気がつけば何事もなかったようにちょこんと元の座卓に就いている菜摘。キッチンに立っているのは俺だけだ。二人でいちゃついていたような気配は全く伺えなかっただろう。 内心で感嘆する。女の子、怖。 「あたしも飲みたいなぁ。三人分ある?」 上着を脱ぎながら自分の部屋へ入っていくありさ。その背中に声をかける。 「大量に淹れたから大丈夫だよ」 こんな一見平和な光景がいつまで続くかはもうわからない。あのまま理性を失っても全然おかしくなかった。菜摘を押し倒したところにありさが帰ってきたら。マジで修羅場だよなぁ…。 コーヒーを三つのカップに注ぎわけながら、俺はこっそりため息をつく。本当に、多分俺もう、あんまり保たない。 真剣に引っ越し考えないと…。
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