第11章 セカンドヴァージン

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しかしそれからもしばらくの間平穏な日々は続いた。 俺の方は内心穏やかじゃなかったけど、菜摘は特に焦ったりする様子もない。ありさの態度も一見、取り乱すこともなく落ち着いている。彼氏の方はまだともかく、こっちはどうなってるんだろう。 急かしても仕方ない、と一生懸命自分を抑えてきたが、ある日突然俺は持ちこたえられなくなった。向こうから話があるまでなんて待ってられない。 「…最近、経過聞いてないけど。結局どういう状況なの、今」 翻訳事務所からの帰り。ごった返す繁華街のガード下で、俺は思いきって口を切った。何だってこういう大事な話を外ですることが多くなるかと言えば、静かな二人きりの室内で取りつく島もない菜摘に切り出すのはなかなか勇気が出ないから。こうした雑然とした雰囲気の方がまだ周りに紛れて話を持ち出せる。って、俺、どれだけヘタレなのか。 しかしガード下はいかにもまずかった。今しも電車が頭上を通過し、菜摘に怪訝な顔で見返される。 「…今、多分喋っても無駄だったね。何?」 「すいません…」 殊勝げに謝りつつ、俺は菜摘の片手を取ってぎゅっと握った。 「菜摘。…あの部屋、いつ出るの。ありさと話した?」 彼女は間近から俺を見上げた。その表情からは何も伺えない。動悸が激しくなってくる。もしかして、あまりよい兆候ではない…? 「出ることはもう話してある」 案ずる俺の予想に反し、菜摘はあっさりと言った。 「あ、そうなの?」 少し安堵する。なんだ。二人の様子からして、なんの話し合いも持たれないままなのかと。特に変化も見られなかったし。 菜摘は俺に手を握られたまま、でもこちらに目を向けずに俯きがちに続けた。 「もうこのまま続けるのはよくないと思うから、一緒に住まない方がいいんじゃないかって言った。わたしがここを出て行ってもいい?って…。ありさはできたらあそこに住み続けたいから、誰か次のルームシェアの相手を探すって。目処がつくまでもう少し待ってほしいって言われてる」 うーん。…そうか。 「怒ったり取り乱したりはしてなかった?」 「そういう様子ではなかった。落ち着いてたよ。多分もう、薄々感じてたんじゃないかな、わたしがそう切り出すのは。あれ以来一回も…、そういうことにもなってないし」 そうか。だったら勘づくか、確かに。 でも。ほっとしながらも、ちょっと不安が兆さないこともない。そんなに物分りよくなれるものなのかな。
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