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この街にも昔は雨が降っていたのだという。
天から落ちてくる水は、この街の動力には頓着することなく、勝手気ままに流れては、あちらこちらに水たまりをつくり、オート・マタのネズミやネコの幾つかを、故障させていたのだという。
だけども私は、話の中でしか雨を知らない。
雨は、徐々に降る量と時間を減らしていき、やがてぱったりと降らなくなったのだという。
元々この街は、地下水をポンプでツクップツクップと汲み上げて、生活用水としていた。雨がなくなったことはそれほど問題ではなかった。
むしろ雨が降らなくなって、歯車の動作不良という問題から解放された。
この街は、歯車に満ちている。
歯車。クランク。カム。
動力の伝達装置があらゆる場所で繋がり、カリキリカリコリと動き続けている。
それは、カテドラルの地下の、街の父たる千年時計の力を、街の隅々まで伝えるため。
雨がないばかりではない。ここでは空に白い雲が掛かることも滅多にない。
その代わりにというわけでもないのだが、私は夜の空に星々が作る雲を見るのが好きだ。
星雲――おぼろげに発光するガスの塊。
陽が沈み、入れ替わるように燈る電気灯も消灯する頃、ようやく現れる控えめな光。それこそが、この世界の本当の光であるように、私には感じられるのだ。
真夜中であっても止まない、ガリコンガリコンという街の鼓動に包まれながら、私は誇らしさと寂しさの入り混じった気持ちで、この世界の本当の光である星雲を見上げる。
規則正しい鼓動を創りだしている歯車のうち、幾つかは父の作品だ。
父はクロック・シティを生かす歯車を作り、整備する職人だ。
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