1回目 『星雲』

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鳩の目星雲を見上げながら、私がその時考えていたのは、自分がいま座っている屋根の下で絡み合う一組の男女についてだった。 いや、それは正確な言い方ではない 絡み合っているであろう、だ。 私は父と、父の連れてきた女が、実際の所どういう関係であるのかは知らない。 季節が移ろうとともに、空に見つけられる星や星雲もまた変化する。それら天体と同じように、人と人との関係もまた刻々と変化する。 わざわざ興味を持って詮索したところで、その関係がいつまで保たれるのかなど、誰にも分からないのだから、彼女が何者であるのかをこの時点で考えるのは、無意味というものである。 私の新しい母となる人なのか。それとも金銭で一夜の交接を提供する商売女であるのか。 商売女が母となる可能性だって、ないとは言えない。 父は奔放な人間だ。それは歯車の制作が極度に自制的であることに対して、バランスをとっているのだと近所の話し好きの主婦たちは噂し合っていた。 私は彼女たちが好きではなかったが、それでもその噂話には耳を傾けることが多かった。 大抵の場合、アベスカさんの家の夫婦喧嘩だとか、両親ともに火事で亡くなって、子どもが一人残された、バルツァルさんの家の悲劇についてなどが、話されることが多かったが、時には外国の使節団の来訪や、翌日の強風予測の発令など、私が興味を引かれる内容のこともあったのだ。 「カミラ、おりて来なさい」 父の呼ぶ声。父はもちろん、私が屋根の上にあがるのが好きなことを知っている。だけど初めてだ。女が来ている時に、わざわざ私を呼んだりするのは。 驚いていたのだろう。返事をしようとして、足を滑らせた。 踏ん張ろうとした。だが完全に重心を失っていた。 まだ余裕があると思った。次の一歩で踏み留まればいいのだ。 そこで予想外の風に煽られた。いや、予想外ではない。近所の主婦たちが昨日話していたではないか。明日の夜から風が強くなるらしいと。 無情にも爪先は赤瓦を離れた。一瞬の浮遊感。そして落ちる。 眼前を過ぎゆく、家の外壁に設えられた歯車。 迫る、煉瓦敷きの地面。
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