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「ヒイッ!?」
醜く変貌した自身の顔に悲鳴が漏れたが、次の瞬間には元の肌に戻っていた。恐る恐る触れてみても、先程の激痛が嘘だったように何ともない。
「寝惚けてたか……?」
首を傾げつつ洗顔を済ませると、この日も憑かれたように鍬を振るい始めた。
厄介な霜柱を踏み砕きつつ、まるで墓穴でも掘るかのように深く深く掘り続け――そして漸く女の望みが果たされる時が訪れる。
「こいつは――人骨!?」
地中深く埋まっていた遺骨の発見に、ゲイリーが驚愕の声を上げた瞬間。
赤錆色に変色した骨は突如、禍々しい漆黒の煙と化して彼の全身を覆わんと幾重にも絡み付いて来た。
獲物をじわじわと絞め殺していく蛇のように――。
「何だっ!? よせ!やめろお――――!」
辺りに絶叫が響き渡った直後には、ゲイリーの意識はふっつりと途絶えていた。
垢抜けない農夫の姿は、見る間に絹と金糸の衣装を纏った華やかな女へと変貌を遂げる。
彼女は凄絶な笑みを浮かべると、新たに得た肉体を撫で擦りながら独り言ちた。
「ふふふ。やっと自由な躰を手に入れた。後は、あの男の魂を探して――っ!?」
不意に、刃物が肉を抉る不気味な音と衝撃とが全身を駆け抜け、女は呆然と自身を見下ろす。
その手には金細工の柄の短剣が握られ、彼女自身の心臓を刺し貫いているではないか。
欲深き農夫は、指輪と同様に短剣も肌身離さず持ち歩いていたのだ。
『浅ましき女よ、魂諸共に消滅するがいい――』
愕然として目を剥く女の前に、忘れもせぬ男が姿を現した刹那。血液の代わりに漆黒の煙が胸部から勢い良く吹き出す。
「……おのれ!一度ならず二度までも――あんなに愛し合ったのに!」
短剣に潜んでいた亡霊に向け、気付けば女は金切り声を浴びせていた。遥か古にも同じ刃で彼女を刺し、屋敷に火を放った憎き男に――。
しかし男は冷酷に言い捨てる。
『貴女の父親に私の故郷は滅ぼされた。私の憎悪は貴女のそれ以上に深く、闇(クラ)いのだよ――』
言葉通り、その眼は黒く冷たい闇を飼っていた。
「嗚呼、ああ、あああアアアア――――!!」
激昂と絶望の炎に焼き尽くされながら、女の全てが消滅して行く。同時に男の姿も、短剣と共に消え失せていた。
何事も無かったかのように――冷え切った静寂の降りた畑には、欲に駆られた農夫の遺体だけが残される。
左手の小指に、すっかり腐食した指輪の残骸を着けたまま――。
<了>
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