時計屋と青スーツの男(SF編)

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とある国の田舎町に、一軒だけ建つ古い時計屋。此処がサラの生家であり職場だ。 老人の多い田舎では滅多に買い換える客も居ないので、壊れた時計の修理が専らの収入源となっているが。 「若い衆は皆、都会へ行っちまったのに。あんたはよく残ってくれてるね」 「この店は先祖代々続く家だし、都会の空気は合わなくてさ」 冬のある日。近所の常連であり茶飲み友達でもあるミリス婆さんが一頻り喋った後で帰って行くと、入れ違いに見慣れぬ男性客が入店した。 田舎町にはそぐわない真っ青なスーツに、光沢感のあるパールグレーの膝丈コート。 斜めに被った羽根飾り付きの中折れ帽も青色で、足元は赤い革靴で決め込んでいた。 ――派手な客。都会から来た旅行者だろうな。 「いらっしゃい。どんな時計を御求めかしら」 「いや、こいつの修理を頼みたいんだが」 男が差し出したのは、派手な服装に反して何とも古めかしい懐中時計だった。 ――何だ。久々に商品が売れるかと思ったのに。 本音はおくびにも出さずに愛想笑いで応じると、サラは動かぬ時計を受け取る。 「中身を見ないと判らないけど、良いかしら?」 「勿論」 スタンド式の拡大鏡を覗きながら、カバー留めのネジを手際よく外す。 精緻な部品が複雑に組まれた内部をじっくりと確認する内に、磨耗により僅かに変形している歯車がある事に気付いた。 「これなら、歯車を交換すれば済むかと。同じタイプの物が見付かればの話だけれど――」 すぐさま部品用の収納棚へ向かうと、大きさや形ごとに細かく分けられた歯車の中から、代替え可能な物を探す。 「ああ、見付かったわ。暫くお時間を頂くけど、夕方の――五時頃にはお渡し出来るかと」 「分かった。その頃にまた来る」 素っ気なく告げるなり、男は足早に店を出る。サラと変わらぬ歳に見えたが、何処か浮世離れした風情の客だった。 「まあ、商売になれば良いか。仕事、仕事っと」 気を取り直しピンセットを手にすると、部分的に分解し壊れた歯車を取り替えてから、寸分違わぬように戻して行く。 そうして修理を終えると、懐中時計は小気味良く秒針を刻み始めた。 ――良し、完璧。思ったより早く済んだな。 達成感に浸りながら壁の時計を見ると、まだ四時を過ぎたばかりだ。 柔らかなクロスで指紋跡を丁寧に拭いていると、また客が訪れる。先の男とは対照的に、地味な黒スーツの男だった。
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