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――まさか、時計屋で只働きとは……。
内心でぼやきながら、レイル・グレックは壁に並ぶ鳩時計にハタキをかけていく。ジャケットを脱いだシャツの上に草臥れた革のエプロンという、何とも締まらない格好だ。
時空間転送銃で厄介者を排除したは良いが、その影響で強力な磁場が発生し、店内の時計が全て壊れてしまった。弁償はとても無理なので、肉体労働で奉仕中という訳だ。
零れそうな溜め息を噛み殺しつつ、レイルは黙々と手を動かす。淡いグリーンの花柄の壁紙は、サラの趣味だろうか。
厚手の生成りセーターに煉瓦色のロングスカートという野暮ったい服装の彼女は、時計の修理に追われている。
――容姿は悪くないのにな。こんな田舎じゃ、仕方無いか。
宿から運んだ彼の荷物に青いスーツばかりが四着も有るのを見たサラは、呆れてみせたものだ。
と言うのも、二階の空き部屋に住まわせて貰える事になったからだが、近所の手前、彼はサラの親戚という事にしてある。
銃の謎に関しては進展無しのままだった。此処に来れば何か掴めるかと期待していたレイルだが、サラは何も知らず、祖父母と両親も既に他界。
「曾祖父の遺品を探せば、何か見付かるかもだけど」
それよりも時計の修理が先と、サラはこの数日、殆どの時間を作業机で過ごしていた。
――俺の所為とはいえ、あまり根を詰め過ぎるのは見てられんな。
「この店の定休日はいつだ?」
不意に問われ、サラは精密さを要する作業を中断する。
「定休日なんて無いわ。用事がある時は、貼り紙で知らせれば済むし」
田舎町なので客も少ない。その為、営業時間も日によってまちまちなのだ。
「なら今日は休みにして、町を案内してくれないか。暫く暮らす訳だからな」
「そんな暇は――」
「息抜きも必要だろう?お互いに」
穏やかに微笑む瞳に見詰められ、サラは言葉に詰まりつつ渋々と頷いていた。
――身形は派手だけど、妙に紳士的な所もあるのよね。
食事時に素朴な田舎料理しか出せなくても、レイルは旨そうに平らげてくれる。
早速エプロンを外し揚々とジャケットを羽織る姿に苦笑を浮かべ、サラも外出の仕度をした。
表に出ると、冬晴れの青空が広がっている。黄灰色の石壁が連なる路面では、風に揺れる樹木の影に紛れて煌めく陽射しが踊っていた。
「田舎だから、特に見る物も無いけど」
「取り敢えず旨い珈琲が飲めるカフェと、教会の場所が分かれば良いさ」
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