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レイルの希望を受けてサラが最初に案内したのは、老夫婦が営むカフェだった。温かい珈琲と焼き菓子で一時を過ごすと、次の目的地たる教会へ向かう。
その道中で、ふと一軒の古めかしい館がレイルの目に留まった。
「あの館は?」
「ああ、あそこは五年前まで図書館だったの。オーナーが亡くなって閉館されたけど、冬場は子供達の遊び場になってるわ」
錆びた門扉は開かれたまま、役場も管理を放任している状態だ。
「君も通ってた?」
「子供の頃はね。父や祖父の仕事を見飽きたら、此処に来てた」
当時を懐かしむように微笑むサラを見て、レイルはそっと彼女の手を取る。
「入ってみないか。本が残っているなら、こっそり借りて行こう」
悪戯好きな少年のように輝く、灰がかった緑瞳。その眼差しに少しだけ胸が騒ぐのを意識しながら、サラは彼の温かく大きな手を握り返していた。
館内は本や玩具で散らかり放題だったが、児童書以外の棚は綺麗に整頓されている。誰かが掃除に来ているらしい。
だが今は人影も無く、インクと埃の匂いを抱いた静寂だけが漂っていた。
そんな中、サラは机に散乱する絵本の山から、お姫様が微笑む懐かしい表紙を見付ける。
「この絵本、大好きだったわ。祖父や両親にねだって、よく読んで貰ってた……」
想い出の中の笑顔に一抹の寂しさを覚えながらも、古びて焼けた頁を捲る。
「随分と乙女チックな話が好きだったんだな」
「幼い頃はね」
どうせ柄じゃないわよ、と呟きつつ次の頁を捲ると、悪党王子の台詞を情感たっぷりに朗読する祖父の声が甦る。
同時に、いつ聞いたかも曖昧な話が唐突に思い出された。
『お前の曾祖父さんは深酒して酔っ払う度に、『俺は四百年後の時代から締め出された未来人なんだ』なーんて与太話を始めてな。おかしな人だった――』
――まさか……。
「サラ?」
急に黙り込んで悪党王子を凝視する彼女の肩を、レイルが気遣わしげに叩く。
「御免なさい。昔の事を思い出して」
我に返って答えながら、サラは物置部屋の遺品を調べようと決めていた。
「誘った俺も悪かったよ。もう出よう」
図書館を出ると北風が一層冷たさを増している。差し出される腕に自然と、サラは右手を預けた。
――春になったら、明るい色のワンピースでも買おうかな。
青いスーツの隣に合うような色。
冬晴れの空の下。レイルの横顔を盗み見ながら、そんな事を思うサラだった。
<了>
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