薬師

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やはり、振り向くべきではなかった。 この青年にとって駆け引きとは軍略と同じなのだ。 不自然なまでに動揺した。 見開いた目に映るは意として言葉を放った青年のみ。 それに返す答えは見つかっていたとしても声に出すのがとても難しい。 「聡明ですね」 「私は軍師ではなく武将だからな、そう言う言葉は慣れてない」 私の手の届く命なんてほんの僅かだ。 届いただけで終わる事も至極普通の出来事。 私の答えは薬師としての役目を放棄するのだろうか。 そうやって持論をかざして強がってても仕方ない事だと思う。 だけど目を逸らしていたい事に向き合うのは、とても辛い。 この人にとって答えなんてどうでもよかったのだろう。 私の頑なな想いにヒビを入れたその事実の方が要用だった筈だ。 否定の答えさえも絞り出すことのできない私に向かって彼は不適に笑って見せた。 「薬は、しっかり飲んで下さい。あと、無理な鍛錬も控えるよう」 「分かってる。傷を開かせると本当に毒でも盛られ兼ねないからな」 「それと、もう一つ」    先ほどの 答え はまた後日に 陽が落ちても宮中は至る所に明かりが灯っており、夜の静けさは感じられなかった。 肌に感じるピリッとする寒さ。 もうすぐ雪が降る、冬は嫌いだ。 採れる薬草も少なくなり、山道も険しさを増す。 そして何より、積もった雪は血の色を鮮明に残してしまう。 「いつでもいい、気は長い方だ。」 戦は負ければ終わり。 自分の意思、努力、命、全てが敗者の虚勢として見て見ぬふりをされる。 どこまでも賢くて、どこまでも狡い人だ。 「ずっと、待ってるさ」 「それでは、ご自愛ください。」 振り返った体を元に戻し、来た時よりも遠く感じる戸に向かって歩く。 戸に手を掛け、意思に沿わない礼を今一度。 この部屋の戸が開かれ、そして閉じられる時に鳴らされる合図の意味は、開戦か終戦か。 部屋と廊下を隔てる戸の境目を一歩跨いだ数秒後、パタンと聞こえたその音に、 私は無意識にも泣いてしまった。   ― Fin -
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