薬師

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「薬師殿?」 名前を呼ばれて振り向いた。 翡翠色の耳飾りが私の目を奪う。 綺麗な装飾に身を包む青年は、窓から陽の光を見たまま悲しそうな顔をする私を一声で呼ぶと首を傾げて見せた。 「少し、昔の事を思い出してました」 「そうか、薬師殿の心には素敵な思いがあるのだな」 「何年も昔のことです」 鼻についた薬の匂いに思い出したかのようにその青年の真向かいに座る。 そして、すぐ目の前にある白い薬包紙に手をかけた。 幾枚か広がって置かれてあったが残りはそっと箱に仕舞われる。 その一通りの流れをその青年は物珍し気に見つめていた。 「薬というのは不思議だな」 「不思議、ですか。」 「先人の知恵も然り、私の傷もこの通りだ」 「無事に治って安心しました」 袖からのぞかせた腕には未だに傷跡が見える。 この時代にはさして関係のないこと、傷の一つや二つ付いていたところで周りはなんとも思わない。 人で人を殺すこの時代には私のような薬師は貴重であり、残忍な存在だった。 薬師の本来は、その知恵でもって自然を知り、それを引き換えに人を生かす事であると私の恩師はそう仰った。 生まれた国、選んだ地位、望まない野望。 或る人は“神”と呼び、或る人は“死神”と私を呼んだ。 そんな神でもあり死神でもある私がいるこの宮中の一室はとても静かだ。 「貴殿は、どうして薬師に?」 「恩師が薬師だったからです」 「恩師?」 「私の親代わりです」 その青年は唐突にそれを聞いた。 触れてはいけないことではなかった筈。 その先にあるのは綺麗な話ではなかったが、聞かせてと言う彼を前に口を閉ざすことはできなかった。 「私が育ったのは、ここから遥か西にある小さな集落でした」 俯きながらそっと微かに聞こえる音で声を出す。 良い思い出も悪い思い出も全てがその頭の中で時が止まる様に留まっていた。
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