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「そのお話は聞かなかったことに致します。」
その青年が出した言葉に対しての精一杯の応え。
あの時、山道での出会いを必然だと言うのであれば、それは師に背く運命だったのだろうと諦めたはず。
人を生かせと恩師は言った。だから、私は人の“生きる”を糧に今を過ごしているのだ。
「真意は?」
「恐れ多くも、愚問でございます。」
言葉を紡ぎながらそっと頭を深く下げた。
後に聞かなくとも分かり切った身分の差。
今ここで切り殺されてもおかしくない言葉を私は発した。
真っすぐ目を見据えて問われた「何故」には明確な理由が必要だったようだ。
「私は薬師です。人を生かす為に師として存在したい」
「軍医になる事はその望みを叶える事にならないのか?」
「人の命は形あるモノ。その価値に上も下もありません」
青年は何も言わない。感嘆の言葉さえも発しない。
「私は、生かした人が死にゆく様は見たくないのです」
臆病な人間なんですよ
宮仕えの軍医とならば自分の知識も技術も満足できるほど発揮できるだろう。
しかし、それは恩師の言う“人を生かす”行動なのだろうか。
私の施せることは限られている、そんなことは百も承知。
自身の手で救えなかった命はいくつあるだろう、数えれば数えるだけ惨めになるばかりだ。
だが、その光景が人の“生きる”という行動がどれ程尊いのかを知らせる。
救えなかった命を私の咎として責め立てられても構わないと思っていた。
たとえそれが不注意からなる傷だとしても、不治だと言われる病だとしても
「救えなかった時点で、薬師として罪なんです」
薬師としての自分が死ぬ行く様は何度も見てきた。
その度に向けられる敵意に似た非難の言葉も、受け入れなければいけなかった。
それが例え万人に「君のせいではない」と言われようとも、手を掛けた時点で救えなかったという事実は罪となる。
弱く脆い人間を救うのもまた、弱く脆い人間だということだ。
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