薬師

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私が生かした命が、次の戦で落とすかもしれない。 私が生かした命が、別の誰かを殺すのかもしれない。 「建前だけの薬師になる道は選びません」 「その目は綺麗なものを綺麗だと思える目なのだな」 「小心者の間違いだと」 「謙虚だな」 まだだ、この人は諦めていない。私の言うことは理解しているはずだ。 だが、その目には陰りが見えなかった、首を縦に振る事しか許さない目。 「人を殺すことは容易いです」 「ほう、どうしてそう思う?」 「傷や病だけが人の死に干渉できる訳ではないという意味です」 この青年は分かってない。 その渡した薬が良薬であるとは限らない。 薬師は人を救う生き物の前に、簡単に殺すこともできる生き物と言う事を。 その薬が毒だったらどうするのだろう。 一国の武将がそんな思慮深くない筈はないだろうが、それを含めても安易だ。 「私だって貴方を殺める事はできる」 顔をしかめた青年はその意味に気づいたのだろう。 そして私の薬師としての本能も見抜いていた筈だ。 殺意と隣り合わせの毎日を過ごす彼にとって私の言葉はただの戯言。 「戦がそんなに憎いか?」 「人の命以上に尊いものとは、自分に問うても答えはでませんでした。」 「人が生きるために必要なのが野望だと私は思う」 カタっと音がして最後の道具が仕舞われた。 私の生きる糧が人の命ならば、この青年の生きる糧は遂げるための野望。 顔を上げることはできなかった、ただそこにある野望を見据える青年を見るのが怖かった ただそれだけの理由で。 「野望とは・・貴方の野望とはどのような事なのでしょうか?」 「殿の想う国を作ること」 「そのために、戦は避けることはできないと」 「民を見殺しにできるほど、感情を抑えられる自信は生憎持ち合わせてないみたいでな」 戦を正当化するわけではないその答えは、とても綺麗に聞こえる。 血の匂いを覚え、握る刀が返り血で染まったとしても、他人を理由に向けると良く聞こえるのは心底狡い。
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