十一 ホイヘンスの妻子

1/1
前へ
/14ページ
次へ

十一 ホイヘンスの妻子

 グリーゼ歴、二八一五年、十一月十三日。  オリオン渦状腕深淵部、レッズ星系、惑星シンア。  静止軌道上、巨大球体型宇宙船〈オリオン〉。 〈オリオン〉のホールで作戦会議が続いた。  Jはホイヘンスの妻と娘が気になった。PDの記録によれば、ヘリオス星系惑星ガイアのホイヘンスに妻コーリー・ホイヘンスと娘コージイ・ホイヘンスがいたはずだ。  これまでデロス星系でもアッシル星系でも、妻も娘も姿を現していない。なぜなんだろう・・・。 「PD。ホイヘンスの妻と娘の意識を探せないかな?」  かつてニオブのクラリック階級のアークとビショップとプリーストの三位は、ヘリオス星系惑星ガイアのネオロイド(実在ヒューマノイドに意識内侵入し、身体をセルにして存在する)やペルソナ(配偶子から育成したバイオロイドに意識内侵入し、身体をセルにして存在)やレプリカン(体細胞クローンから育成したバイオロイドに意識内侵入し、身体をセルにして存在)、あるいは猛禽類のバイオロイドをセルにして存在し、ヒューマ(人類)に意識内侵入してヒューマを支配しようとした。  アーク・ルキエフのネオロイドになったオイラー・ホイヘンスは、恋人のユリア・カルザスを妻にし、その後、コーリーを妻にした。  アッシル星系惑星ナブールのホイヘンスの外形はラプトだったが、精神と意識の本質は精神生命体のニオブの、アーク・ルキエフだ。  惑星ガイアで、ホイヘンスの最初の妻ユリア・カルザスは完全なヒューマだった。  惑星ガイアでの第二の妻コーリーは、最初の妻ユリアの精神と意識のバックアップを意識内進入させたレプリカン、つまりコーリー・ホイヘンスはクローンのヒューマだった。  ヒューマの精神は、精神ダークマターに保護された精神ヒッグス場に、神経細胞、あるいは、各組織の分子組織が持つ、その個体特有な意識電子ネットワークを構成する個性だ。  意識は常時電流がある電子ネットワーク。思考は休止している電子ネットワークに電流が流れて、新たなネットワークが生まれるか、あるいは休止ネットワークが復活することだ。意識と思考は電子ネットワークから電磁波を発生させて、電界と磁界が織りなす色とりどりの単一亜空間を構成することだ。  つまり、ヒューマ独自の精神ヒッグス場を探査すれば、そのヒューマを特定識別可能だ。  コーリー・ホイヘンスの独自の精神ヒッグス場パターンを得るにはどうすればいいだろう・・・。  Jはそう精神思考(心による思考)をしていた。 「戦艦〈ホイヘンス〉捕捉時に、ホイヘンスであるアーク・ルキエフの精神ヒッグス場から情報を得ています。  コーリー・ホイヘンスとコージー・ホイヘンスの精神ヒッグス場のパターンはわかっていますよ」  PDが微笑んでいる。 「ホイヘンスは部下たちを連れて、ヘリオス星系惑星ガイアの衛星ディアナからデロス星系惑星ダイナス、アッシル星系惑星ナブール、惑星タクールへ逃げた。  これらどこかの惑星に、ホイヘンスの妻と子どもがいるはずだ」とカムト。  妻と娘は表だってホイヘンスと行動しなかった。その理由は何だろう・・・。  そう思いながら、JはDとKを見た。 「あたしに、訊くのか?  そりゃあ、戦地に向う夫に妻子が付いていったら、足手まといになるだけさ。  あたしみたいなアーマーは別さあね。  ふつうは、妻や子どもを疎開させるさ。部下たちの妻もいるんだ。妊娠してるのもいるベさ・・・」  Kの精神ヒッグス場には、ニオブのアーマー階級のマリオンの精神ヒッグス場が存在している。 「なんだって?誰のことだ?」  カムトが奇妙な顔でKを見た。 「部下たちの・・・、ああっ!そういうことか!  血系が増えるんで、疎開したんださ」とK。 「これで、妻子がいなかった辻褄が合うな・・・」  とカムトは考えこんでいる。 「ホイヘンスの精神と意識は、分子記憶になって受け継がれて生き延びてるんだね。  PD。ホイヘンスのヒッグス場のパターンも探査してね」  ホイヘンスのヒッグス場は、アーク・ルキエフが半意識内進入と半精神共棲したヒッグス場だ。 「わかっていますよ、J」  Jに微笑むと、PDはその場にコンソールがあるかのようにホールの空間へ指を走らせた。  コーリー・ホイヘンスの、時空を越えた4D映像が現れた。 「ええ、わかってるわ。ユリアの時は良かったわ・・・」  コーリーは、バックアップされた過去の自分を思いだした。分子記憶にバックアップされた後、身体を原子レベルに破壊された過去の自分を・・・。  なぜそのようになったか、コーリーに記憶は無かった。  さらに、オイラー・ホイヘンスの精神ヒッグス場の4D映像が現れた。  未分化細胞で体細胞と神経細胞が若返っても、分子記憶から、老いの焦燥感と虚しさは残る。子孫が存在しない限り、直接的に一族として受け継ぐべき精神的時空列は構成されない。受け継がれるべきエネルギー交代も存在しない。個人的満足を得るのみで、子孫へ伝播される精神的満足は得られない・・・。  やはり、子孫を残すべきだ。子孫を残そう。まだ生殖能力はゼロではない。コーリーに、私たちの子供を産んでもらおう・・・。 「コージイは、ホイヘンスとユリアの子どもです。  ホイヘンスは、コーリーとの間にも子どもが欲しいと願い、子どもが生まれました。  妻子がいるのはここです」  PDは、4D映像で、オリオン渦状腕の外縁部、テレス星団を示した。 「そこでどうしてる?」とカムト。  PDが穏やかに言う。 「収斂進化したディノサウロイド、ディノスの女帝としてテレス帝国に君臨しています。 ディノスの帝国政府要人を使って、大きな問題もなく帝国を治めてきました・・・」 「じゃあ、問題はねえな」とK。 「ホイヘンスとの連絡が取れなくなった今、コーリーがどう動くかによります。  他の星系に侵略するなら、阻止しなればなりません。  コーリーの手元には、〈V1〉の原型となった、ニオブのへリオス艦隊の円盤型小型偵察艦があります。これを基礎にして、軍事に高度の航行技術と攻撃力が備わっています。  テレス星団を見ましょう・・・」  4D映像に多数の惑星群を行き来する宇宙船と軍事艦隊が現れた。軍事艦隊が帝国支配の一翼を担っているらしい・・・。 「じゃあ、これ、軍事国家だよ~」  PeJが空中でプルプル震えている。 「いいえ、いたって穏やかな帝国です。  軍事艦隊が宇宙航路にいるのは、グリーズ星系主惑星グリーゼのタワーと同じ機能を持つ、亜空間転移専用のスキップリングを管理しているからです」とPD。  4D映像に、自己スキップ機能を持たない宇宙船を運ぶ巨大直径のスキップリングが見える。数百メートルおきに、七個の加速リングが連なり、リング間が青白い光で覆われてている。 「PD!スキップリングから出てきたヤツを拡大して!」  Jが4D映像に、青白いスキップリングから出現した五個の球体を見つけた。  4D映像が拡大した。球体は航行してきた立体アステロイド型巨大宇宙戦艦の牽引ビームに捕捉されて、ゆっくり宇宙戦艦へ移動している。 「脱出ポッドか?」とカムト。  球体の大きさはコントロールポッドほどだ。 「いいえ、モーザです。ヒッグス粒子弾の攻撃から逃れたのではありません。  ホイヘンスは、自身が消滅されるのを見越して、精神と意識のバックアップを用意していたようです・・・」  ホイヘンスの精神と意識のバックアップもホイヘンスの個性だ。ホイヘンスが逃亡したと考えねばならない。 「しかし、なぜ、モーザの大きさがコントロールポッドの大きさなのでしょう?」  PDは疑問に思っている。 「どうして、PDの4D映像探査にひっかからなかったんだろう」  Jも疑問を抱いた。 「おそらく、新〈ホイヘンス〉を捕捉した際、〈オリオン〉の外壁に付着して、多重位相反転シールド内にいたのでしょう。  彼らの精神ヒッグス場をターゲットにしたヒッグス粒子弾を、テレス星団へスキップしましょう。それで片づきますよ」  PDは空間に指を走らせた。 「待って!  ディノスの帝国なら、テレス帝国の壊滅をテレス星団にデモンストレーションするのが先だよ」とJ。 「我々が出撃しよう。我々はそのために戦ってきたんだ。  ホイヘンスが惑星ガイアの衛星ディアナの周回軌道から消えたのは、ガイア時間でひと月前だ。スキップで時空間にずれが生じたが、我々にとって、現在は、ホイヘンス逃亡のひと月後にすぎない・・・」  カムトはヘリオス星系での〈ホイヘンス〉との攻防を思った。 「PD。テレス星団規模で、あらゆるテクノロジーと武器と兵器を壊滅するようにヒッグス粒子弾をプログラムしてね。  ホイヘンスとその関係者とディノスの壊滅もヒッグス粒子弾にブログラムしてね。  カムトたちとあたしたちが出撃して、ホイヘンスたちを消滅する。  危機になったら、ホイヘンスたちに、ヒッグス粒子弾を使ってね」とJ。 「出撃はお勧めできません。危険です」  PDはJたちとカムトたちの身を心配している。 「バトルスーツとバトルアーマーにPDがいるよ。それにPePeもいる」  Jはいたって安心している。  バトルスーツ着用のJやカムトたちを守るロドニュウム装甲のバトルアーマーには、  MA24改多機能KB銃、  MI6粒子ビーム拳銃、  超小型ミサイルP型迫撃弾、  超小型多方向多弾頭ミサイル・リトルヘッジホッグ、  巡航ミサイル型手榴弾BB巡航弾、  レーザービーム銃、  コンバットレーザーナイフ、  これらが装備されている。バトルアーマーの背中内部には、簡易再生培養装備もある。  バトルスーツもバトルアーマーも多重位相反転シールドを発生して、これらをまとっている者を保護する。〈オリオン〉に比べて、圧倒的に個人の質量が少ないのと、〈オリオン〉の多重装甲のような隔壁が無いのを除けば、〈オリオン〉のホールにいるのと同じだ。 「では、〈オリオン〉の探査機能を使って、PePeも含め、さらに全員を、多重位相反転シールドしましょう。三重の多重位相反転シールドです。  これなら、大質量のロドニュウム弾の直撃を受けても、吹き飛ばされる程度で、神経組織に損傷はありません。ロドニュウム弾の直撃衝撃には個人差がありますよ」  ロドニュウム弾の直撃を受けたことがあるJに、PDが微笑んでいる。 『冗談じゃないよ!一瞬に意識と身体が分離したようになって、強烈な痛みと吐き気をともなって意識とその瞬間の記憶が飛ぶんだぞ!。蘇生する時だって、その逆だ。ロドニュウム弾の直撃を受けるなんて、二度とごめんだよ!』  Jは多重位相反転シールドごと吹き飛ばされたJ自身を思いだして、PDを睨んだ。 「そのようにJの意識が感じているだけです。実態は、ロドニュウム装甲をまとったトムソが、宇宙空間で遊びとして行っていたトムソ同士の激突程度です。神経組織に損傷はありません。ご安心ください。  場合によっては、BR1たちバトロイドも出動させましょう。  では、戦略を話しましょう。  Jと皆さんの精神と意識を、テレス帝国軍警察の重武装戦闘員・ヒューマのコンバットにスキップ(時空間転移)します。  多少、時空間のズレが生じて、ヒューマがコンバット起用されていないかも知れませんが、いずれコンバットになりますから、ご安心ください・・・」  PDはそう言って笑っている。PDは、これからテレス星団で生ずる現象を、4D映像で把握しているのか・・・。 (Ⅷ Space wide② オリオン共和国の総統J 了)
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

50人が本棚に入れています
本棚に追加