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プロローグ
「話はわかった」
ただひとことだけ告げて、有坂龍一はソファーから立ち上がる。
それだけでいい。
それ以上は必要ない。
だが、
「待てよ」
背後から肩をつかんで止めたのは、龍一を呼び出した本人、秋場高広自身だった。
「……まだ、何かあるのか?」
問うが、龍一は振り返りもしない。
戸口の方に身体を向けたままで、チラリと視線を流しただけだ。
最初からこの男は、徹底的に無駄を嫌う。
必要な情報をすべて得た今、これ以上、秋場家に留まるのは時間の無駄でしかない。
そういう思考。
しかし高広本人が、
「やっぱりやめておく。お前にこの話を持ちかけたこと自体、俺がどうにかしていた」
肩をすくめながら言うのに、初めて龍一は眉をしかめる。
「お前がどうにかしているのはいつものことだが、ここでためらう理由もわからんな。もしや俺の身を案じているのか?」
冗談じゃねぇ、とでもいうように、高広は両手を身体の横で広げて首を振る。
龍一は苛立たしげに、
「だったら何だ。はっきり言え。すでに3分20秒、お前のせいで時間を無駄にしている」
高広は呆れたように小さくため息をつき、
「じゃあ言い方を変えよう。もう一杯、あっちで茶を飲んでけ。今外に出ると魚に降られるぞ」
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