君を想うが故に……

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「本当にいいんですね?」 「えぇ。妻も望んでいます」 「そうですか。それでは、契約書と同意書にサインと捺印を。ここに免責事項も書いてありますので、しっかりとお読みになってください。今でしたら、まだ、決断を変えることだって出来ます」  真っ白な壁。  本棚や器材。  あらゆるものがしっかりと整理整頓された、清潔感漂う部屋の中。  壁際にある応接セットで対面に座る二人。  一人は白衣を身に纏った白髪交じりの男。  もう一人はスーツをピシッと着こなした若い男。  二人の間に流れる空気は酷く重々しい。  紙をめくる乾いた音。  ペンを走らせる硬い音。  その全てが、彼の緊張と決意を表しているかのようであった。  震える手で真っ白な紙に朱色の印を押すと、脱力したように肩と頭を下げ、大きく息をついた。 「手続きは完了しました。それでは……全ては未来に託しましょう」  白衣の男は静かに。  それでいて、自分の目の前にいる男を安心させるかのような、力強さをもった口調で告げると、若い男は膝の上に置いた手をギュッと握りしめ、瞼を閉じた。  溢れ出そうになる涙を堪えるようにし、深く息を吸い込むと、彼は心の中で祈るようにして呟いた。 『ずっと、待ってるから』
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