恋しさのカタチ──奇跡の街にネコが降る・番外編

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 冬に降る雪が好きだった。あの深深と降る白い結晶が、私の嫌な感情を埋め隠してくれるから。  そんな私は見守るように、あの人が優しい眼差しでいてくれる。  そうやって心を柔らかくしてくれるあの人に、ハナミズキの花言葉のように「返礼」してあげられない。  愛嬌のある笑顔もつくれない。もうひとつの花言葉の「華やかな恋」には程遠い。  あの人に相応しいのは、笑顔の似合う女性だろう。  それは「幸福な愛」という花言葉──エリカという名の、あの人の恋人にこそ相応しい。  エリカの花のように、まっすぐで華やかな女性だ。 「その猫のゲージ重いでしょう? あたしが持ってあげるよ」  そんな優しいことを言って、ヨウカンのゲージを持ってくれる。  エリカさんに逢ったあとは、奏でるリズムがいつもとちがっていた。  そんなお似合いの二人を前にすると、とてもハナミズキの花言葉「私の想いを受け取ってください」と伝える勇気はなかった。  そんなジクジクした私の心を、降る雪が白く覆い隠してゆく。  ──その予期せぬ別れは、突然にやって来た。  買い物から帰ってくると、アパートの前が騒然となっていることに驚いた。  白く静かだった雪景色が、赤く躍って照らされている。  それは救急車の警光灯だった。  ──あの人が二階から落ちたと知らされる。  二階の外に面した渡り廊下、その半分雪が積もったところに滑った跡が残っていた。  ブロックに頭を打って、即死だったと聞かされた。
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