5人が本棚に入れています
本棚に追加
──頭の中に深深と雪が降った。
それは周りの音を吸い、心を白く凍らせた。
もう、あの人はいない。
台所の少し開いた窓から、凍りそうに冷えた風が吹き込んでいた。
灯りも点けず立ちすくむ私の足に、ヨウカンがそっとまとわりつく。
あの人を探すように、小さく「みゃう」と鳴いた。
でも、いくらヨウカンが鳴いても、どんなに私が泣いても、あの人はもうこの世にいないんだよ。
ヨウカンがそれを察したのか、お気に入りだったあの人の毛糸バッグではなく、何処からか拾ってきた赤いマフラーにくるまった。
──私は雪が嫌いになった。
あの人の命を奪った雪が怖くて、それから外に出られなくなった。
あの人に想いを伝えたかった。
あの人に想いが伝わらなかった。
外で降る雪の音と横で眠る小さな鼓動だけを聴きながら、頭の中でその考えだけが深深と降り積もる。
この想いが尽きる日まで、嘆きと痛みを糧に眠ろう。
せめてもう一度、あの人が私を呼ぶ声が聴きたかった。
あの人が名前を呼んでくれたなら、この涙も拭えるだろう。
私の名を呼んで、生き抜く勇気をください。
そうして一人と一匹が寄り添っていると、あるとき不思議な音を聴いた。
──とんとんとん──とテーブルを弾く音、あの人が指で奏でていたリズムだ。
あの人の姿は見えないけれど、たしかにあの心地良いリズムがしていた。
ヨウカンも耳をそばだてて、懐かしいリズムに琥珀色の眼をやっている。
最初のコメントを投稿しよう!