恋しさのカタチ──奇跡の街にネコが降る・番外編

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 ──頭の中に深深と雪が降った。  それは周りの音を吸い、心を白く凍らせた。  もう、あの人はいない。  台所の少し開いた窓から、凍りそうに冷えた風が吹き込んでいた。  灯りも点けず立ちすくむ私の足に、ヨウカンがそっとまとわりつく。  あの人を探すように、小さく「みゃう」と鳴いた。  でも、いくらヨウカンが鳴いても、どんなに私が泣いても、あの人はもうこの世にいないんだよ。  ヨウカンがそれを察したのか、お気に入りだったあの人の毛糸バッグではなく、何処からか拾ってきた赤いマフラーにくるまった。  ──私は雪が嫌いになった。  あの人の命を奪った雪が怖くて、それから外に出られなくなった。  あの人に想いを伝えたかった。  あの人に想いが伝わらなかった。  外で降る雪の音と横で眠る小さな鼓動だけを聴きながら、頭の中でその考えだけが深深と降り積もる。  この想いが尽きる日まで、嘆きと痛みを糧に眠ろう。  せめてもう一度、あの人が私を呼ぶ声が聴きたかった。  あの人が名前を呼んでくれたなら、この涙も拭えるだろう。  私の名を呼んで、生き抜く勇気をください。  そうして一人と一匹が寄り添っていると、あるとき不思議な音を聴いた。  ──とんとんとん──とテーブルを弾く音、あの人が指で奏でていたリズムだ。  あの人の姿は見えないけれど、たしかにあの心地良いリズムがしていた。  ヨウカンも耳をそばだてて、懐かしいリズムに琥珀色の眼をやっている。
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