恋しさのカタチ──奇跡の街にネコが降る・番外編

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 それはまるで「ここで生きているよ」と、あの人が知らせるメッセージに聴こえた。  モールス信号とは思えない一定のリズムで、だけど春の鼓動のように温かい音。  それからは降る雪の音ではなく、そのリズムに鼓動を合わせて眠るようになった。  どんなに日が経っただろうか──引きこもる部屋にノックが鳴った。 「突然でごめんなさい。ここにしかないと思って来たんだけれど」  ドアの外にいたのはエリカさんだった。 「卯月とあたしの写真を知らない?」  その言葉を聞いたとき、およそ意味がわからなかった。あの人はもう居ないのに、どうして写真が必要なのか? 「卯月が事故で亡くなったとき、あたしは父と旅行していたのよ。それで葬儀にも出られなかったから、せめて一緒に写った写真だけでも手元に置いておきたいの」  エリカさんが懇願した。その背後で雪風が舞っている。  私は不承不承、エリカさんを部屋に入れた。  心当たりがあるとすれば、ヨウカンが寝床にしていた毛糸バッグだけだ。  奥にしまった毛糸バッグを持ってくると、エリカさんが乱雑なテーブルの上とヨウカンを見て言った。 「あなた、悲しくて引きこもっているみたいね。忘れろとは言わないけれど、故人の想い出に浸っていると人生を棒に振るわよ」  どうしてそんな悲しいことを平気で言えるのですか? 「恋人でもないあなたが、なぜそんなに突っかかるのよ。それって可笑しくないかしら?」  私はあの人を慕っていただけです。
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