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佐智のお下がりの財布をダウンのポケットに押し込んで、靴下を履こうか逡巡していると、呼び出しのコールが途切れて佐智の声がした。
―――どうした、奏多
佐智の声以外には、性能の低いマイクのせいで入るノイズ以外聞こえない。
電話をかけるときにちらりと見えた待ち受け画面の時計のウェジットは、日付を跨いですぐの時間を示していた。この時間でもよく会社にいるようだが、今日は後ろの音が静かなのできっと自宅だろう。
「サチ兄? もう家?」
―――そうだ。家で仕事してる。お前は?
暫く足で荷物を蹴りどかしながら靴下を探したが、目に見える位置にもないし一向に掘り当てられる気配がないので、奏多は靴下を履くのをやめた。
靴下がつまっている衣装用のカラーボックスは、機材設置の場所を作るためにリビングに追いやられている。
すぐに戻ってくるつもりでエアコンも加湿器もそのままに、奏多は部屋から出た。扉一枚はさんだだけの廊下があまりにも寒くて、ぶるりと身震いを一つ。
「さっき終わった。から、メールで送った」
―――ん? あぁ、届いてる。確認するからちょっと待ってなさい
「ん」
カチカチとかすかにマウスをクリックする音に混ざって、自分が裸足で廊下を歩くペタペタ音がする。
フローリングの刺すような冷たさに、靴下を履かなかったことを少しだけ後悔した。廊下が短くてよかった。
―――届いてる……けど、お前ね、メールはきちんと文章書きなさいって言ってるだろ
「サチ兄しか見ないじゃん」
―――ビジネスマナーとして大事なことだ
「ビジネスマナーとか関係ないし」
赤外線センサーが奏多を感知して、真っ暗な玄関が自動的にオレンジの光に包まれる。
素足をさすりながら、玄関に不揃いに転がっている樹脂製のサンダルのようなクロッグを足で引き寄せた。冬仕様なのか内側にもこもこがついていて、素足で履いても階下のコンビニに行く程度なら凍えない奏多の強い味方だ。
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