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 吐き出された白く染まる吐息が薄れていくのを眉根を寄せて見ながら返事を待つと、佐智が電話越しに軽く笑った。  ―――確認は終わった。けど、そういえば奏多に聴きたいことがあった 「俺に?」  階段に続く防火扉に、ダウンの袖越しに触れる。ダウン越しでも、金属の硬質な冷たさがわかるのにむぅ、と唇を尖らせながら、重い扉を押しあけた。  ―――お前、この前渡したCD聴いた? 「この前……? どれのこと」  CDなど、仕事の度に佐智が部屋に積み上げていくから、どのことを指しているのかわからない。  トントンと、リズミカルに階段を下りながら、奏多は首をひねった。  ―――聴いとけよって言っただろ。一個前の仮歌の仕事の時に 「仮歌……。あぁ、あれ」  佐智に言われて、ようやくピンとくる。佐智が言っているのは、ちょっと前に納品した仮歌のアーティストのシングルのことだろう。  金色みたいな薄い茶色の瞳が印象的な、青年の歌。 「聴いたよ」  ―――どうだった? 「どうだった、って」  どうこたえるべきか、少し言葉に詰まった。  佐智がこれまでに聴け、と渡してきた曲たちの中で覚えているものは、正直ほとんどない。  特に仮歌を担当したものは、普通の、今流行りのメロディラインに聴けるように加工された音声だな、としか思わないわけで。  もっと有り体に言えば、つまらなくて記憶に残らない。  そう、残らない――はず、なのだが。 「嫌いじゃなかった、かな」  驚くべきことに、そのほとんどない記憶に残るものの一つに、先の青年の歌が当てはまっていた。  曲は売れ線を狙っているのだな、くらいの感想しか浮かばなかったが、声が。どうにも奏多の好みにはまってしまったらしい。  透き通った声だった。  まっすぐに伸びて、たまに半音上がる癖が、しかし外しているのにアクセントとして心地よく響く。  キーとしても声質としても高めなのに、女性的な感じはなく、たまの低音が囁くようなハスキーさで耳に残った。
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